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※ぼかしてはありますが、虐待表現があります。不快に感じる方はブラウザバック願います


 三人とも無事志望校に受かり、気が緩んでしまいがちな春休み。

 新生活に向けての準備はあるけれど、そこは期待が大きいからたいして面倒だと思わない。

 中学になったら、以前はやらなかったことにも色々挑戦したい。部活を満喫するも良いし、気になる委員会があれば、入ってみるのも良い。前は面倒だとのんびり帰宅部だったようなので、どうせなら今しか出来ないことを満喫するのだ。


「あれ……?」

 近くの本屋に出かけようと家を出た途端、目の前の光景に釘付けになる。

 泥だらけの塊が、玄関を開いてすぐの所に転がっているのだ。

 巨大なそれは、まだ肌寒いはずのこの時季に、上は薄いシャツだけで、袖から覗く手首は異様に細かった。

 事件!?とまず最初に思ったが、まずは現状を把握するのが先だ。

 その塊に駆け寄ると、揺さぶらないように声をかける。意識があれば良いのだが……焦る心を抑えつつ、驚かせないようにそっと肩に触れる。

「大丈夫ですか?」

 その言葉に、もぞりと塊が動く。

「救急車は必要ですか?」

 泥の間に見えるものは赤く、汚れだけでは無く傷も負っているのだと知れる。

「いらな……ぃ」

 ひどくひび割れた声が返る。聞き取れ無いほどかすれきったそれに、一度家に戻り熱すぎない白湯をカップに汲んで来ると、背中に手を添え起き上がらせ、その口元にあてる。

「白湯です、飲めますか?」

 躊躇したものの、予想通り喉が渇ききっていたのか、カップを傾けると、最初の一口を飲み下す。うっすらと開いた目は吸い込まれそうなほどに青く、魅入られそうになる。

 汚れてはいるものの、髪は黒く、無意識に瞳も黒いものだと思っていたせいで、驚きはしたものの、それ以上に本人のこの状態のほうが気になるので、そのまま声をかける。

「飲めるようなら、ゆっくり飲んで下さい」

 一気に飲むと、胃が驚くかもしれないのでそう声をかけ、労わるように背中をそっとさする。

 本当ならスポーツ飲料が良いのかもしれないけれど、あいにく今は家に無い。塩と砂糖を入れて作ろうかと思いはしたものの、見知らぬ人間から微妙な味の飲み物を出されれば、不安になるかもしれないと断念したのだ。


「……大丈夫ですか」

 カップが空になる頃もう一度声をかけると、不思議なものを見るように、瞬きしながらこちらを伺う視線と出会う。

「ああ……」

 まだかすれ気味ではあるが、少しはマシになった声が返るのに安堵する。

 無意識のうちに肩に力が入っていたのか、ふっ、と落ちた肩にそれを自覚する。

「──良ければ、ここ、私の家なんですが……休憩していかれます?」

「え……」

 その誘いに驚いたのか、今度は零れ落ちそうなほどに眼を見開く。

 ああ──綺麗だ。

 深い深い青い瞳はラピスラズリのようで。色濃い虹彩がさらにその石を思い出させる。

「良いの、か……?」

 迷うように視線をあちこちにやり、最後は困惑もあらわに見詰められる。その瞳に安心させるように意識して柔らかな笑みを浮かべ、しっかりと頷く。

「どうぞ。せめてもうちょっと綺麗にしないと悪目立ちしちゃうし、少し何かお腹に入れた方が良いですよ」

「……行く」

 だるそうに頷く彼を支えながら、先程出たばかりの玄関へと戻る。


「あら?出かけたんじゃないの?」

 扉が開く音に、キッチンから出てきた母が私の姿を見てそう告げ──驚いて固まる。

 そりゃそうだろう。誰だって娘が突然、血と泥にまみれた男を連れて帰ってきたら驚くにきまってる。

「み、美樹……?どなた……?」

 動揺のあまり、どもりながら問いかける母に、家の前で倒れてた。そう告げると不審そうに彼に目を向ける。

「すごく喉も渇いてたのか、最初声が出ないくらいだったの。少し休ませてあげても良い?」

 続けた言葉に、少々迷いはしたものの母は頷き、キッチンへと促して来る。確かにリビングのソファだと後で汚れを拭き取るのが大変そうだ。かといってシャワーをと言うには、彼の足取りが危うい。

 母に椅子を引いてもらい、その上にそっと下ろすと疲れきったように深く座り、目を閉じた。安堵したように深い息をつく姿にこちらも安心し、タオルを取りに向かう。

「はい、熱いかもしれないから気をつけて」

 熱めの湯で濡らしてしぼったタオルを手渡すと、手や顔を拭い始める。汚れが落ちあらわになる肌は病的なほどに白く、汚れにいっていた視線が全体を捉えると、彼の恐ろしいほどの細さに目が向かう。

「……重湯作るわね」

 その姿に、お互い口にしないものの、ある想像が浮かぶ。母は先程の躊躇いを捨て、鍋を手に取る。

「お願い、お母さん。私は着替え取って来るね。お父さんの借りても良い?」

「もちろんよ。ちょっと大きいと思うけど、あなたや私の服ってわけにもいかないでしょうし」

 本人に問う事も無く、次々と決めて行く。とはいえ、当人はいまだに目を閉じたままだ。──心も身体も疲れきっているのだろう、きっと。


「はい、どうぞ」

 コトリと音を立てて置かれた器に、ようやく閉じていた瞳が開く。

「熱いから気をつけて。ゆっくり、ちょっとずつ飲んで」

 器を手にすると、その暖かさを感じるようにしばらくそのままでいた。ゆっくりと持ち上げ口を付けると、貴重なものを飲み下すように、こくり、こくりと白い喉がゆっくりと上下して行く。

「おいしかった……」

 単なる重湯。胃に負担を与えないように味も付けていないそれを飲み終えた彼は、その頬からゆっくりと一粒涙を落とす。


「──あなたは、どうしたい?」

 着替えも終え人心地が付いた頃、意を決してその言葉を口にする。

「助けてくれる場所は、ちゃんとあるよ」

 年齢を聞くと、私と同じ年だった。年下としか思えない姿はきっと栄養不足のせい。着替えさせ、身体を拭く間に見た傷は新しいものも、古いものも入り混じり、彼の肌を埋め尽くしていた。

 年齢以外、口を固く閉じていた彼の両手を取り、目と目を合わせそう告げると、痛いほどきつく私の手を握り締めてくる。

「────た、すけ…て」

 か細いその声に、応えるように痛みを与えない程度に強く握り返す。

「…………はい」

 小さな声で、けれど力強く返す。


 虐待に関する相談窓口へ連絡し、彼は同じ町に住むという祖父母の元へと預けられる事になった。

 時折我が家に顔を出す彼の頬はしだいにふっくらとして行き、母も私もそれが嬉しくて、つい全力でご馳走を作り、共に食事を繰り返していた。

 祖父母の元では大事にされているのか、ゆっくりではあるものの、無機質だった瞳に感情の色が宿って行くのを感じた日には、母と二人手を取り合って喜んだものだ。

 ──何か、母と私の中では我が子の成長を見守るように彼に接してしまい、ついつい構いまくってしまう癖がついてしまった。

 父もそのうち、我が家の食卓に彼がいるのにも慣れ、これが美味い、それが美味いと次々と彼の皿を満たして行くようになった。

(きょう)くん、いっぱい食べてね」

「これも美味しいよ!恭くん」

 まあ、それは私と母にも言えるのだが。

「さ、さすがにこれ以上は……」

 目を白黒させている恭の姿に、あ、また今日もやりすぎた。と反省する日々である。


 この楠木(くすき) (きょう)という彼と、遥が春休みの最終日、鉢合わせてしまったのだが、その日は何故か遥まで一緒に昼食を取る事になった。──今まで何度か誘っても、家は隣だし、悪いと残念そうに断っていた遥のその行動に驚いていた私は、その時遥が不安と焦りを感じていた事に気付きもしなかった……。




【本編 恭】


 家を放り出され、行き倒れていた所を美樹と母により助けられる。

 大人や他人を信じられなくなっていたが、祖父母の穏やかな愛情と、美樹の一家の温かさにより、じわじわと人の温もりを感じられるようになって行く。

 身体も栄養を与えられたおかげで、一気に成長して行く。

 美樹と、その母に対しては恩人だと感じていて、時間が空くとすぐに美樹の家に遊びに来ている。


【ゲーム内 恭】


 長い間両親に虐待され、心も身体も傷つききって、感覚が麻痺して行く。

 ある日、両親を殴打し、その事件でようやく今までの事が明るみに出るが、完全に他人を信じられなくなっている。

 主人公に出会い、人の優しさを初めて知るが、愛し方を知らず、傷をつけ、その血の温もりを感じる事でしか安心できない。



※改稿内容

 重湯が一部白湯になっていたのを修正

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