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 カリカリとペンを進める音だけが静かな室内に響く。

 三人揃って確実と言われているものの、油断して足を掬われるのは嫌なので、真面目に受験生らしく勉強三昧だ。


 ……だけど、よくこの顔ぶれで勉強会が成り立つものだ。

 何度も行っていながらもそう思う。

 亮一は黙々と問題を解き進めながらも、時折解釈に悩む問題に関して私に話しかけてくる程度だ。

 遥は遥で、塾通いの成果なのか、ほとんど迷うこと無く進めながら、ひっかけ問題に弱いのか手を止め悩むそぶりを見せることがあるので、その時は声をかけてヒントを与えてみると、すぐに理解できるのか、あっさりと解いてしまう。

 私は私で、うろ覚えの箇所をさらう程度でも良いのだが、つい欲を出して次々と問題をこなして行く。


 最初に、亮一と二人きりで勉強させるのは嫌だと遥が言い出した時はどうなるかと心配したが、嫌味の応酬は変わらないものの、亮一が時折遥も興味を持つ話をしていたりするので、最近はそれほど険悪ではない。

 まあ、険悪ではないとはいえ……仲が良いとは相変わらずいえないのだが。


 亮一はもっと、いかにも進学校!な所を受験するのかと思っていたら、予想外に私達と同じ志望校で、それが縁で共に勉強することになったのだが、その理由が変わっている。

 進学校なんて行ったら、勉強ばかりになってしまい、興味が持てそうなものを知る機会を失いそうだという、昔からすると考えられないようなものだったから。

 最初担任は渋い顔をしたようだが、最近の亮一の楽しそうな姿や、大人でもつい聞き入ってしまうような雑学を披露していた事から、これが本人に向いているのかもしれないと、説得を諦めたらしい。

 両親とは最後まで揉めていたようだが、好成績を保つという約束で最後には折れたようだ。

 まあ、認めないのなら受験を当日にすっぽかしてやるという脅しが効いただけとは思うけれど。


 目標としている、公立の中高一貫校こそ、英人さんの行っている学校だ。

 来年からは先輩ですね、と告げると……慢心しないようにとお小言を頂いた。

 確かに、昔の記憶すぎて忘れている事もあったし、新しい内容もあったので、その言葉を胸にこうして勉強しているのだ。


 遥と亮一が行っている塾はなんと同じところで、ふたりの塾通いの無い日が三人での勉強会となる。

 ……こんなに一緒にいて、学校外でも接点があるのだから、もっと仲良くすれば良いのに──と余計なお世話だと知りつつも、思う心を止められない。

 一度だけ口にした事があるが、その時の二人からの御免被るとばかりの視線に、二度と言わない事に決めたのは記憶に新しい。


「……今日はここまでにしましょうか」

 図書室の窓から差し込む日差しが翳り始めた頃、ペンを置いた亮一が告げる。

「そうだね、そろそろ帰らなきゃ」

「……ああ」

 誰も異論は無いようで、皆静かに帰り支度をしてその場を後にする。

 校門を出ると、亮一とは方向が違うので、ここで別れる事になるのだが、この後の時間は……僅かに緊張する。


「美樹」

 亮一の姿が消えると、遥がその手を伸ばしてくる。

「あ、うん……」

 幼い頃から、遥とは良く手を繋いでいた。少し前までは何の抵抗も無かった行動に、今は躊躇する。

 その思いを悟られないよう、素直に遥の手につかまり、そのままゆっくりと歩き出す。

 学校から家までは、歩いてほんの十五分というところだ。けれども最近、その短い距離を長く感じてしまう。

 二人で居る時の、どこか張り詰めた雰囲気は変わらず、無言で歩きながら時折遥の表情を伺う。

 この空気を感じているのかいないのか。遥はいつもと同じような顔をしていた。

 私一人が困惑しているようで、考えすぎなのかもしれないなと、軽く頭を振って意識を切り替えようとして、驚きに声を上げかける。


「……っ!」

 普通に繋いでいた手が、指と指を絡めるような形にされる。

 驚いて遥を見上げると、じっとこちらを見詰めていて、その視線には覚えがあった。

 以前、英人と話していたところを偶然見られた、あの日。それ以来の視線だ。


 身体が、その時の事を思い出したのか、喉をこくりと上下させる。

「もうちょっとで試験だな」

「う、うん……そうだね。お互い頑張ろうね」

 何気ない会話をしている間も、その指が離れる事は無い。

 少しだけ早くなる口調だけはどうしようもないが、それ以外は普通に見えるようにしていると、しばらくの間そんな私を見つめていた遥が、何かを言いよどむように何度か口を開き……また閉じる。

「まだ、早いか」

 私に向けて発したのではないのだろう。そんな一言を小さく呟きながら、遥は前を向き歩きはじめる。

 つられるように同じ速度で歩を進めながら、何が早いのだろう。そんな事をぼんやりと考えていた。


 互いの家の前に着き、指が離れる瞬間、一度だけ強く握り締められる。

「また、明日」

「またね、遥!」

 元気に言葉を返しながらも、僅かに鼓動が速くなったのに気付かない振りをして、家に入った。


 仲の良い幼馴染。

 そんな風に思っていた関係が、ぐらついてゆくのを感じながら──




【フラグ成立】


 成立条件:遥の指を振りほどかない


【回避ルート】


 遥の行動に意識した素振りを見せた場合、周囲を固められ、強制的に恋人関係にさせられる。


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