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※軽くではありますが痴漢描写があります。不快に感じる方はブラウザバック願います
6年生になり、両親を説得して英会話教室へ通う事が出来るようになった。
父親のパソコンで検索し、内容が充実した学校を見つけたものの、そこは数駅離れていたために中々許可が下りなかったのを、来年には中学生になるんだからと必死に言い募ってもぎ取った成果だ。
───最後の最後まで渋っていたのが両親ではなく遥だったのが何とも言えないが。
その遥は、亮一にいつまでも大きな顔をさせておくものかと塾に通いはじめていたので、一緒に行く発言は皆にスルーされていたのが忘れられない。
入学届けを記入する私の姿を、今にもきゅーんと鳴きだしそうな子犬の瞳で見詰める遥に、悪いことはしてないはずが、ひたすら罪悪感に苛まれた。
けれど、後悔しないように生きるという人生目標をその視線一つで曲げる訳にはいかないから許して欲しい。
そもそも、語学は以前もっと勉強しておけば良かったと、社会人になって痛感したものの一つだったりする。
こんな真面目な理由もあるけれど、実はある程度の語学を修めたら、大きくなって海外へ行ってみたいのだ。
野望は、英語に限らず数ヶ国語をモノにする事だ。
憧れた場所は幾つもあるのに、言葉への自信の無さで以前は実行できなかったので、今度こそ現実にその地に立ってみたいのだ。
サグラダ・ファミリアで有名なガウディの建築物も見てみたいし、ルーヴル美術館にも行ってみたい。
アジア各国で屋台巡りもしてみたいし、世界の怖いジェットコースターも乗ってみたい。
もちろん、一番の理由は自分の為になるからというのが大きいが、夢の一部だけでも叶えたいのだ。
そうして、それらを満喫するには学校で身に付けるだけの語学力では、足りない。
やはり大枚はたいて海外へ行くのなら、しっかりと堪能したいのだ。
それにはツアー旅行なんてもっての外、ガイドの説明だけでも物足りない。
深く理解するにはその地の言語をしっかりと身に付けておかねばと、口には出せない野望を胸に、日々精進している。
カタタン、カタタン、と小さな音を立てて列車が走る。その揺れに心地良さを感じて微睡んでいると、小さく息を詰める音が耳に入る。
不思議に思いゆっくりと目を開くと、丁度目の前に立っている中学生らしき人が顔を真っ青にしているのに気付き、気分でも悪いのかと慌てて席を立ち上がろうとして───こちらの顔も青褪める。
目の前の白いシャツの上を、綺麗なネイルで彩られている指が撫で回しているのだ。
呆然とその白い指が蠢くのを見ていると、こちらの視線に気付いたのか、青い顔をしている中学生が唇を噛み締めたままこちらを向く。
「あ……」
見られている事に愕然とした表情で喉を震わせるのを見た瞬間、躊躇していた自分が恥ずかしくなって、即座に立ち上がる。
「久しぶり!元気だった?良かったらこっちに座って話そうよ」
既知の間柄のように、軽く話しかけながら、わずかな隙間を詰めて、ひと一人座れる場所を空ける。
突然の言葉に戸惑いながらも、絡みつく指から逃れようと狭い隙間に身を捻じ込ませてくるのを確認する。
狭まった空間により、左右から不快気に睨み付けられるのを申し訳なく感じるけれども、ただその視線を受けるしか無かった。
騒ぎ立てられる事を恐れたのか、中学生が立っていた辺りに視線を遣るが、あの指の持ち主らしき人物はすでに見当たらなかった。
そのことに安堵しながら、ちらりと視線を隣に向ける。
あちらもじっとこちらを見つめていたので、視線が絡むものの、お互い次の言葉に迷い、口ごもる。
「ええっと……ごめんね、こんな手しか思い浮かばなかったの」
痴漢だと声を大にすれば、彼をも晒し者にしてしまう事になるし。犯人はあの指からして女性だ。
こういった件に関しては男性の方が不利になる事が多い。冤罪事件も良くあるが、男性が被害者の場合、軽く見られる事は多い。
───見知らぬ人間に触れられる恐怖に、男女の差は無いだろうに。
「いや……有難う、助かった」
まだ顔色は悪いものの、ぎこちなく浮かべられた笑顔はとても綺麗だった。
何故だろう、やけに顔が良い人間が多いのは。
葉月美樹として生まれてからというもの、遥といい、亮一といい、この人といい、やたらと極上品と言っても過言ではない顔の持ち主が多いのだ。
すれ違う人がつい振り返って二度見してしまうほどの美貌というのは、そこらに転がっているようなものじゃないと思うんだけど……
遥の時と同じ様に、ついついその顔に見入っていると、次第にその表情が強張ってしまう。
「やっぱり、情けないよね……男なのに、女の人にあんな事されて、何も出来ないなんて……」
周りのざわめきにかき消されそうな声で続けられた言葉に、慌てて首を振る。
「誰だって、どうして良いかなんてわからないよ。男も女も関係ないよ、知らない人にあんな風にされたら、私だって声も出ないと思う」
「───初めてじゃないんだ。それなのに、僕は何もできない」
ぽつり、と無機質な目を宙に向け、呟く姿を何とも言えない思いで見詰める。
「友人にさ、どうすれば良いのか相談したんだ。そしたら───羨ましいって言われたんだ。俺も年上のおねーさんに弄ばれたいって。……でも僕は嫌で嫌で堪らなかった。そう言ったら……」
嫌なら男なんだから抵抗すりゃいいじゃん、それに、お前に隙があるからなんじゃねーのって笑われて、自分が情けなくなって……
すぐ隣に居てさえ聞き取れなくなるような声で続けながら、その声と比例するように俯く姿に必死に首を振る。
「悪いのは、あんな事する人だよ。間違っちゃだめだよお兄さん」
伝われ、伝われ。
その思いを込めて見詰めていると、ゆっくりと顔を上げた彼と再び視線が合う。
「……そうだね」
安堵したように深い息を吐く姿に、ようやくこちらの肩からも力が抜ける。
それからは気を取り直した彼と気を紛らわせるように関係の無い会話を続ける。
話して見れば、彼は来年私が行く予定の公立中学校に通っていて、部活の関係上、英会話教室帰りの私とほぼ時間が重なる事が判明した。
「美樹ちゃんのおかげで気が楽になったよ。良かったらまた一緒に話たいな」
「私も桂木さんに色々教えてもらえて嬉しかったです、是非お願いします」
中学校の部活や施設など、情報だけではわからない事や、教師の失敗談など、落ち着いてからはほのぼのとした雰囲気の彼に色々と教えてもらった。
「って、僕に今更敬語使わなくて良いよ。恩人だし、さっきまでと同じように話してくれて構わないから。あと名前で大丈夫」
「本当?だったら今まで通りで。英人さん」
わかっていたものの、互いの年齢を話した後はとってつけたように敬語になった私に苦笑する英人に遠慮なく返した。
「来年が楽しみだよ。良かったら演劇部に入部しなよ」
「うーん、かなり興味はあるんだけど、もうちょっと考えてみる」
有名所の作品だけでなく、小劇場の作品を演じる事もあり、皆の賛成があれば部員のシナリオを題材にする事もあるようで、遣り甲斐がありそうだ。
誘惑されつつも、早々と部活を決めてしまうのももったいないように感じて、部活紹介を見てからにしようと決める。
「諦めずに勧誘させてもらうからね。声に張りもあるし、僕を助けてくれた時の度胸があれば舞台で足が竦む事も無いだろうしね」
そう言って優しく笑うその姿は、とても綺麗で───王子役ばかり振られるというのに納得できるものだった。
【本編 英人】
ずっと痴女に悩まされていたが、美樹に助けられたのをきっかけに、自分を否定するのをやめる。
優しくてふわふわとした雰囲気を漂わす良い先輩。
【ゲーム内 英人】
中学時代に何度も痴漢にあっていたせいで、女性恐怖症に。
自分に問題があるんじゃないかと自虐的な日々を送っていたせいで、自信を失う。
そんな自分を肯定してくれた主人公を盲目的に愛するが、自分に自信が無いので他人に奪われてしまわないように束縛するようになる。
すべての行動を把握しておかないと気が済まず、朝から晩までメールや電話攻撃。
束縛に嫌気が差し別れようとしたら、君に捨てられるくらいなら君を殺して僕も死ぬ。と怖い事を言い出す人