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高校受験を乗り越えた外部生が少々増えるものの、大半は中学からそのまま上がってくるので大きな変化は無いと思っていた私は、一貫校ゆえのだれた雰囲気のある入学式で、目を見開く事になる。
「恭くん、ここ受けてたの!?」
受験勉強を頑張っていると聞いてはいたし、私が演劇一筋だった頃、遥と一緒に黙々と勉強していると聞いてはいたけれど、どこを受けるか聞いてなかった事で今更驚かされた。
恭が来るのか、母が呼ぶのか。よく葉月家の食卓に現れ普段から顔を合わせているというのに、知らなかった。
まあ、恭をお気に入りの母や、勉強を見てやっていた遥あたりは知っていたのだろうが。
「知らなかったのか、美樹」
珍しく呆れたような言葉を遥にかけられた。あれだけ恭を猫可愛がりしてるくせに、と続けられてしまい、少しへこむ。
「……知ってると思ってた」
恭の方も、美樹が知らなかった事が驚きらしい。綺麗な青い瞳を見開いて、呆然と呟いている。
それはそうだろう。第一志望に合格したと聞いてパーティーを開いたのは我が家だ。
――知らないほうがどうかしている。
「ま、まあ。楽しみが増えたって事で!!」
誤魔化すように笑い飛ばすと、こつりと遥に頭を小突かれる。
「とりあえず席に座ろうよ」
まったく痛くない拳に苦笑いしながら、空いてる席を探す。こういう時、すでに癖になっているのか私と遥が横に並び、遥の後ろをてとてとと恭が付いてゆく。
背の高い遥の後ろを、同じか、下手するとそれより高い恭がくっついて歩く姿が、私にはどうにもカルガモの親子にしか見えない。
少々無表情ゆえの強面だが整った顔立ちの遥と、綺麗な青い瞳を持つ恭。
その二人が揃うと眼福で、ちらちらと二人を見る女生徒は多い。
一緒にいる私にも視線は飛んでくるが、内部生は遥と私の関係を知ってるし、外部生は数が少ないので、あまり気にならない。
……第一、遥に関してはともかくとして、恭は遥に構ってもらいたいだけだ。
きっとこの光景も、そのうち見慣れたものになるだろう。
のんびりとそんな事を考えているうちに、式は終わりを告げ、それぞれのクラスに分かれる。
皆一緒なんて偶然、そうある訳が無く全員バラバラだ。自分の割り当てられたクラスに行き、出席番号順に座る。
色々なプリントを眺めていると、教室の扉が音を立てて開く。
「担任の小川 康弘だ。一年このクラスを担当する事になった。数学を担当している。よろしく」
綺麗な字で、名前を黒板に書きながら自己紹介をした教師は……何で教師という職を選択したのだろうと誰もが思うほどの美形だ。
――美形って、そうごろごろ転がってるもんじゃないと思うんだが。
幼い頃から可愛らしかった遥は、無表情さがより整った顔立ちを引き立てる事になっているし、恭は日本人の顔立ちに、あの瞳が入る事で独特の雰囲気っている。
亮一は出会った頃は繊細な感じだったのが、今は日に焼け逞しくなった……やはり美形。
舞台俳優を目指してる千秋も、本人が顔ではなく演技を見て欲しいと言うほどだ。察してもらいたい。
英人は、ぱっと目を引くようなタイプではないけれど、その穏やかさがにじみ出ていて、見事なまでの癒し系だが……やはり顔は整っている。
……ここまで揃うと、もはや一山いくらじゃないか。最早ありがたみを感じない。
そのせいか、担任を見ても最初に思ったのは、またか、の一言だ。
どちらかといえば、板書が綺麗だった事の方がポイントが高い。ああ、読みやすそうな文字でよかった。特に数字なんて汚い字で書かれたらたまらない。
前の世にいたのだ。2なのか3なのか……0なのか6なのかという字を書く教師が。
それを思い返し、ああ、この先生でよかった……としみじみしているうちに、連絡事項の伝達や、今後使う教材の配布が終わる。
大抵はプリントに書いてあるままだったので迷う事は無い。
「と、言うわけで本日はこれで解散だ。ああ、誰か一人手伝ってくれないか。あーそうだな、そこの……葉月、か。頼めるか」
誰かを指名しようとしていたのか教室を見回す目が、美樹とがっつり合う。
逸らすタイミングを逃し、見詰め合ってしまった。席順と名簿に目を走らせた康弘に名指しされる。
運が悪かった……と、肩を落としながらも素直に受ける。
え~、と一部女子から羨ましげな声があがる。代わりたいなら幾らでも代わってやろうじゃないか。不満の声を上げるだけでなく、希望者は願い出て欲しい、本当に代わるから。
担任も、担任だ。熱い眼差しで見ていた生徒とも目が合ったろうに。そちらに是非応えてやって欲しかった。
教卓に残された書類や教材を手にし、さっさと出て行った康弘の後を追いかける。
ふと、こちらの荷物の方がかなり少なくされているのや、さり気なく扉を開いてくれるのに気付けば、良い先生にあたったものだと安心する。
「ご苦労様。助かった」
「いえいえ、先生こそお疲れ様です。それに、扉とか有難う御座います」
さらに、こうして気遣われてしまえば、自然と笑みが浮かぶ。教師にしておくにはもったいないような見た目だと最初は思ったものの、今となっては良い大人の見本だ。
字も綺麗、大人で、しかも教師という上の立場でいながら気配りを忘れないし、丁寧だ。
こんな上司がいつか欲しいものだ。
ついつい前世の職場環境と比べてしまった。
「先生の授業が楽しみになりました」
「ほう……何でだ?」
微妙に眉を寄せつつ問い返す康弘に小首を傾げながら、美樹は返す。
「黒板の字が凄く綺麗だったんですよ。それに、ちゃんと名前を呼んでくれたこと。生徒相手にちゃんとお礼を言ってくれるところ」
出席番号で、何番と呼ぶ教師や、そこの生徒、と指差すだけの教師もいるのだ。
これほど人として立派なら、授業だってきちんとしているだろう。その思いを伝えると、康弘はしばし無言となる。
「……顔が良いから、とかでなく?」
この先生は冗談まで言うのか。付き合いやすくて何よりだ。
「何言ってるんですか、冗談言わないで下さいよ」
目に入った机の上は多くの資料があった。付箋もいくつも付けられている。ただ置いているだけじゃなく、活用しているのが一目瞭然だ。
それにここは職員室。数学準備室の方にはもっと多くの資料があるだろう。美樹の予想通り、立派な教師なのだろう。
「どんな進め方してくれるのか、楽しみにしてますね」
私も頑張ります!と意気込みを伝えると、そこには嬉しそうな康弘の姿があった。
「そうか、なら厳しくいくか」
「お手柔らかにお願いします」
ほのぼのと会話を追え、挨拶をして職員室から戻ると、教室の前に遥の姿があった。
「美樹」
「ごめん、遥。ちょっと先生の手伝いで職員室行ってたの」
「……もういいのか」
「うん、帰ろ」
少々話し込んでしまったので、待たせてしまった遥に謝り、急いで鞄を取りに行く。
「少し持つ」
「何言ってるの、遥だって重いんだからいいの。私だってこれくらい持てるって」
よいしょ、と教材で一杯になり重い鞄を提げる。遥と先の予定を話しながら玄関を出ようとした時、上の階から声が掛かる。
「葉月、さっきは有難う。気をつけて帰れよ」
「はーい。先生もお気をつけてー」
手を振りながら返すと、隣の遥がぽつりと呟く。
「……あれ、担任?」
「そうそう。女の子に大人気。さっき手伝い頼まれたら、不満そうだったよ」
「……美樹も?ああいった人がいいの?」
ふと、遥の声が低くなる。
「あの先生好きだと思う」
「…………へぇ」
隣に並んでいたはずの遥が、一歩遅れる。不思議に思って振り向くと、わずかな距離のせいか、俯いていてもその顔が見えない。
「どしたの、遥」
自分の方から一歩戻って、遥の横に並びながら続ける。
「すっごい黒板の字綺麗だったんだよね~。授業もしっかりやってくれそうだし。良い先生に当たったと思うよ」
「……え?」
「遥が聞いたから答えてるのに、何よその反応」
こちらを向いた遥が、ぱたぱたと瞬きする。狐に摘まれたような顔をしていた。
「いや、ごめん。ちょっと考えすぎだった」
「何を」
「今は言わない」
そう返しながら、遥が距離を詰めてくる。いつもより拳一個分近い距離。
「今はって……まあ、別にいいけど」
「そう、今は、言わない。いつか……俺が何を考えてるか、美樹には教えてあげるから」
あれ、何かゾクリときた。
まだ肌寒いしね。薄いカーデガン羽織れば良かったな。そう考えながら、瞳を柔らかく細めながら笑う遥に頷く。
「うーん、何の事かわからないけど、なら教えてくれるの楽しみにしとく」
「ああ、楽しみにしてて」
――そんな会話を遥とした二ヵ月後、遥のクラスに編入生がやってきた。
【本編 康弘】
昔の恩師に憧れ、夢だった教師になったものの、女子生徒からは騒がれ、質問に来る生徒は皆顔が目当てだったり、男子生徒からはやっかまれと、この先教師を続ける事に疑問を抱きはじめていた所、美樹に教師として期待され、さらには顔の事を笑い飛ばされた事で、不安を払拭される。
自分の心を救ってくれた恩師(おじいちゃん先生)みたいになるのを再度決意。
【ゲーム内 康弘】
教師として自信を失っていたところを、励まされた事で主人公に傾倒する。
だが、その執着が悪い方に向き、生徒を公平な目で見られなくなる。主人公だけを目が追うようになり、その行動が気になってしかたなくなり、果てはストーカー行為に及ぶ。
【回避ルート】
康弘に美樹が好意を抱いたという誤解を解けなかった場合、今回みたいに美樹が自由に移動するのを妨げるため、偶然を装い、足に怪我を負わせる。
授業時間以外の全てを美樹に付き添い、縛り付けてしまう。
※改稿内容:あとがきの回避ルート追加 あとがき 自身→自信