伝えたいことは、、
今日はあいつの誕生日だった。
俺は自分の部屋でそのことを思い出した。あいつから借りた漫画を読んでいて、気がついたのだ。
「もう九時か……。やべえ。完全に忘れてた」
でも、あいつは今日、何も言ってこなかった。もしかして、あいつも自分の誕生日を忘れてた?
「そんなわけないか」
きっと自分からは言いにくかったんだろう。あいつの性格ならありえる話だ。
毎年お互いの誕生日を祝う約束をしていたのだが、今年はできそうにない。
「……ほんとにそれでいいのか? 俺」
たった一人の親友。俺を受け入れてくれたあいつ。先月だって、俺の誕生日をちゃんと祝ってくれたあいつ。
「でも、何もねえし……」
ケーキを買ってやるお金もない。プレゼントしてやる物もない。
あいつは俺に、ケーキをホールで渡してくれたのに。俺は誕生日すら忘れて、何も用意もしていない。
「サイテーだな」
自分で自分が嫌になる。
しかし、自分を責めても、心は晴れない。そんなこと自分がよく分かってることだ。それでも後悔することしか、俺にはできない。
「ちくしょう。何も変わらねえじゃねえか」
あいつのおかげで、少しは変われたと思っていた俺だが、何一つ変わっていなかった。
一人じゃ何もできずに、ぐずぐず考えて、どうすることもできなかったら、すぐにあきらめる。
今さら行っても……、と考えてしまう。
明日になって、「すまん、忘れてた」と平気で言えそうな俺。
そんなんで親友なのか? そんなんであいつはどう思うんだ?
「……あ、そうだ」
俺は急いで家を飛び出した。あいつの漫画を持って。自転車を出すより、走ったほうが速い。
何の飾りもないけど。どんな祝いもないけど。これだけは伝えとこう。
直接会って、伝えたいことがある。
俺は、走った。
「はあっ、はあっ、はあっ――」
走って、走って、走った。
のどが乾いて、口の中が気持ち悪い。それでも今は、あいつの家まで走るだけだった。
そうしてようやく、あいつの家が見えた。
家の前。ひざに手をついて、息切れしながら、チャイムを押す。
誰かが出てくる前に、深呼吸して息を整える。
「はい、え?」
あいつが出てきた。俺を見て、驚いてる。
「ふぅー。……よ、よう」
「おう、どした?」
あいつはまだ驚いた様子で、俺のことを見つめている。
「お前今日、誕生日だよな? その……ごめん! 完全に忘れててさ。プレゼントとか用意できなかった。だから、って言うのもおかしいけど、これ。借りてた漫画。ありがとな」
あいつは何も言わない。俺は続ける。
「あと、俺と友だちになってくれて、ありがとう。……その、なんだ。こんな俺だけど、これからもよろしくな」
正直、恥ずかしかった。あいつに面と向かって、こんな事を言うのは初めてだ。
しかし夜ということもあり、顔が見えにくくてよかった。
「……っぷ」
あいつは俯いて、口を手で押さえた。
「どうかしたのか?」
あいつの様子がおかしい。俺は心配になった。が、あいつは急に大声を上げて笑い出した。
「っぷ、あっははははははっ!」
「え、何?」
何がなんだかさっぱりわからない。
やっぱり俺の言葉がくさすぎたか?
俺は余計に恥ずかしくなった。
「いやあ、わるいわるい! お前のあまりの真剣さに、つい、な」
やっぱりか。
「わるいかよ」
俺はあいつから視線をそらす。
「いやいや、お前はわるくないよ。わるくないけど、ちょっと失敗だな」
「え?」
「俺の誕生日は、明日だ」
「……マジで?」
「マジだ。ちなみに今日は、母の日だったな」
俺はサイテーだ。
母の日に、何もしてやることができない。
でも、直接伝えたいことがある。
俺はあいつに別れも言わず、走り出した。
どうも、田崎史乃です。
私は毎年、家族からだけに誕生日を祝ってもらいます。
決して、友だちがいない、とかそういうことじゃありませんよ。
もう慣れました。
家族からしか、おめでとう、と言ってもらえない誕生日に。
あれ? おかしいな。目から汗が……。
田崎史乃