八十四呪 少女と刃
「チャンスを上げましょう」
そう言って白衣の女はポケットに手を入れ、何かを自分の前方に放り投げた。
それは、ナイフだった。
銀色に煌めく刃が特徴のものだ。
人に刺せば、間違いなく殺せるだろう。
そんな代物が今――私の手が届く範囲に存在している。
「それで私を殺していいですよ」
ナイフを見ている最中に声が掛かり、私は視線を白衣の女に戻した。
女は何故か、笑顔だ。
私はそんな女に対して、睨みつける。
「どうしました。何かご不満でも?」
女は不思議がるように、私を見てくる。
「私を殺せば貴女は……いえ、貴女達は自由ですよ?」
認めたくないが、この女の言うとおりだ。
こいつを殺せば、全員自由になれる。
日の光を浴びて生きていくことが出来る。
「まあ、貴女は人殺しという罪を抱えて生きていくことになりますけどね」
ナイフを掴みかけようとした所で手が止まる。
女の一言で、罪悪感を想像してしまう。
殺さなければ、自由はない。けれど、殺したら私は一生後悔しながら生きていかなければならない。
手が震える。
身体が震える。
息が苦しい。
「ですが、それは罪なのでしょうか?」
混乱している私にこいつは話しかけてきた。
「はた一般的に見れば、今からやる行為は人殺しです。しかし、他の皆からすれば貴女は立派な英雄ですよ」
私が何も言わないことを察してか、女は次々に言葉を投げかけてくる。
「貴女が実行しようとしているのは英雄になるためのものなのですよ? しかもナイフで心臓に一刺しするだけ。何を恐れる必要があるのですか? 逆に恐れていいのですか? 貴女はみんなの人生を背負っているのですよ、それを台無しにする気ですか?」
すると、女は私の方に歩み寄り、代わりにナイフを拾った。そして、そのまま未だに震えている私の手に握らせた。
「後は、手を前に突き出すだけ」
女は自分の心臓の前に私の手を動かした。
「さあ――英雄になりましょう」
その女に一言に操られるかのように、私は女の心臓にナイフを刺していた。
「合格です」
女は笑顔でそういうや否や、前のめりに倒れてきた。
死んだのだ。
死んだ原因は――ナイフで心臓を刺された事。
私がやった。
私が殺したのだ。
その人を殺したという事実に私は笑っていた。
何故なら、私は英雄なのだ。人を殺めても。私はあこがれの存在なのだ。
罪を背負うのではない。
英雄としての誇りを持つのだ。
笑った。
大いに笑った。
狂うように笑った。
絶えず笑った。
――英雄。
その響きが妙にすごく気持ちよかった。
「そして――さようなら」
……前回にタイトルつけてない事に今更気がづいた。




