八呪 委員長と夜眞棊と芽富良
夜が明けて、太陽が昇る。大体、これが一日の始まりだろう。子供だろうが、大人だろうが、老若男女なんて関係無しに一日が始まる。
現在の時刻は、朝の七時四十五分。場所は住宅が並ぶ住宅街。
「あー、眠い」
俺は欠伸をしながら歩いていた。
俺が通う古賀村高校の朝のホームルームは、八時十五分。そして家から徒歩二十分の所に位置しているので、学校に着くと八時五分。余裕を持っているとは言い難いが、十五分までに学校に着けばいいのでこれはこれでいいだろう。
しかし、学校に着くまでの学生の心情としては「面倒臭い」の、一言に尽きるだろう。
現に、俺もそう思いながら住宅街を歩いている。
他の人から見れば、あまり良い印象ではないが幸いなのか辺りを見渡しても他の人はいない。
「あー、眠い」
と、俺はもう一度言う。
眠いのは、昨日の事が頭から離れなくて寝ようにも全く寝付けなかったからである。正直今も、あの言葉が頭から離れていない。無理に忘れようとするたびに思い出してしまう。
「……ちっ」
俺は、舌打ちしながら誰も居ない住宅街を歩いて行った。
住宅街から少し歩くと、俺は商店街に出た。商店街は先程の住宅街とは違い、多くの人が行き来をしている。友達と一緒に登校している学生もいれば、しっかりとスーツを着たサラリーマンも居るし、だらしなくスーツを乱している者もいる。他には、学校に行くのが面倒で普通に私服でサボっている若者もいる。
「やっぱり、いいよな」
俺はそんな何時もと変わらない光景を見ながら、そう言った。
昨日は突然の事で思わず、何時もの光景が怖くなったが、やはり何時もと変わらない光景を見ると安心する事が出来た。
そして、暫く歩くと電気屋の前を通りかかった。
「ん?」
そこで、俺は立ち止まった。
電気屋は普通の電気屋と何ら変わりは無く、入り口があれば商品を紹介するために展示しているショーウィンドウがある。ショーウィンドウの展示品は、テレビ・掃除機・電子レンジなど一般的な物が展示されてある。
だが、一般的と言っても仮にも一人に一つずつ能力というのが存在するのだ。無論、能力はこういった事にも有効活用されるので、一般的だとしても基準が高いのである。
俺はそんな基準が高い一般的な物が展示されているショーウィンドウの中にあるテレビに注目した。
テレビは特に変わった所は無く、ニュース番組が放送されていた。
そのニュース番組のアナウンサーはこう言っていた。
『昨夜、深夜遅くに政府宛てに《NON》からテロ予告が届いたとの事です。つきましては……』
と、言っていた。
それを聞いて俺は、
(くだらねーな)
と思い、テレビから目を離した。すると、今度はショーウインドウに自分の姿が写っていた。
「……」
日本人特有の黒髪と黒目。髪は少し長く、後ろ髪は跳ねている(何故か後ろ髪はワックスを使っても跳ねるので諦めている)。身長は百七十センチそこそこで服装は学校指定のブレザーを着ているがボタンを開けてワイシャツの第二ボタンまで開けて黒のTシャツが見える。
そして左手には包帯が巻いてある。
「…………」
そこでガラスから目を離し、包帯が巻かれている左手を直に見た。
そして昨日の声を思い出してしまう。
「ねぇ……貴方はどうして能力を使わないの?」
という謎の声を。
「…………」
昨日は頭が混乱し過ぎてろくに考える事が出来なかったが、今は昨日よりは頭が混乱してないので考える事が出来た。
「……誰なんだ?」
俺は呟いた。
あの謎の声は女性の声だった。それも自分と変わらない年齢の女性――少女の声だった。少なくとも自分の知り合いではない事は分かった。
「……」
しかし、一番の問題は「誰なのか」では無い。むしろそれよりも問題である。
「何で――」
「どうしたんですか、夜眞棊君?」
不意に後ろから女性の声が聞こえたので、俺は反射的に後ろを振り返った。
振り返るとそこには、小麦色をした髪を三つ編みの髪型で瓶底眼鏡を掛けており、何処からどうみても委員長としか言えない風貌の少女が鞄を両手で持っていた。
「……何だ、委員長か」
俺と同じクラスの委員長だった。
すると委員長と呼ばれた少女は姿勢正しく頭を下げた。
「何か分からないけど、ごめんなさい。夜眞棊君」
「いや、委員長は全く悪くないから」
「でも、今私でガッカリしましたよね?」
「いや、逆に安心した」
「……安心ですか?」
「そう。安心、安心」
「まぁ……安心したのならいいんですけど」
委員長は何故、俺が安心したのか分からなかったが、俺が安心したならいいらしく詳しい事は聞かなかった。
「それで、夜眞棊君どうしたんですか?」
その代わり別の事を委員長が俺に質問した。
「何が?」
「だって……電気屋の前で突っ立てましたから」
「あーそれは」
と、言った所で俺は少し考えた。
(普通に昨日の事話したら、委員長に俺が得失者じゃないって事がばれるよな……)
もし、昨日の事を話したら絶対に「私に任せてください!!」って自信満々に言うんだろうなと俺は思った。
委員長は、色んな人の悩みなどに積極的に関わって解決しようとする性格――御人好しである。悩みなんて人それぞれに事情があるから無理して関わらなくて良いと俺は思うのだが、委員長曰く「ただ、何も問題なく高校生活を思ってほしい」という、本当に何処の漫画の委員長だと、突っ込みたい程である。
まぁ、それでも悩みをほぼ解決しているのだから、それはそれで凄いと思う。今では、何か悩みがあったら委員長に相談しに寄って来るぐらいである。その挙句、同じクラスじゃない奴も委員長の事を委員長と呼ぶほどであり、最近では教師にさえ委員長と呼ばれている。
そんな委員長でも俺の悩みは解決は出来ないと思うので、先程のニュースで誤魔化す事にした。
「テレビのニュースで、ちょっと気になった事があってさ」
「そうですか……それなら安心しました」
それで委員長は納得したようだった。
「とりあえず歩こうぜ、委員長」
「そうですね」
委員長と一緒に歩き始め、学校に向かっていった。
暫く歩いて商店街を抜けると、学校が見えてきた。と、同時に他の生徒の姿もちらほらと見えてきた。
その中に、同じクラスメイトの姿を発見した。そのクラスメイトも、俺と委員長を発見したらしく、こちらに近付いて来て、あいさつしてきた。
「おはよう。委員長、夜眞棊君」
「おう、おはよう」
「おはようございます。」
俺と委員長はそのクラスメイトにあいさつをすると、そのクラスメイトは俺に向かって、
「いい加減、私の名前覚えた?」
と、聞いてきた。
その質問に対して、俺は正直に返答した。
「覚えてません」
と。
そのクラスメイトは、
「芽富良よ、め、ふ、ら!!」
「あー、そういえば」
間延びしながら言うが、正直言って覚えてなかった。
というか、芽富良なんて苗字が俺の苗字の夜眞棊と同じで存在すること自体驚きである。
「そういえばって、この男は」
このクラスメイト――芽富良が何か言おうとした時に委員長が芽村に向かってこう言った。
「芽富良さん、私の名前を――」
「先行ってるよ!!」
芽富良は委員長の言葉を最後まで聞かないで、逃げる様に走っていった。
「はえーな、北村」
「芽富良さん、ですよ、夜眞棊君……」
隣で委員長に呆れられながら、俺はその姿を見えなくなるまで見ていた。
俺も委員長の名前を知らないのは、此処だけの話である。