七呪 町外れの廃ビルにて
銃声が鳴った
そして、糸が切れた人形のように人が倒れた――否、また倒れたと言ったほうが正しい。
周りを見れば、十五人ほど倒れていた。倒れているのは誰もが自分の仲間だった。先程まで馬鹿騒ぎしていた自分の仲間だった。
それが、今では全員倒れていた。
「あ……あぁ」
男は目の前の惨状に思わず腰が抜けてしまった。
商店街から少し外れたところにある廃ビル。
そこは、昔は商店街のように人が行き来していた場所だった。しかし、十年前に起きた《WOC》の所為でボロボロになってしまい放棄されてしまった。当然、直ぐに取り壊して建て直す計画が在ったが、お約束なのか不良の溜まり場となってしまい計画は中止になってしまった。不良達は毎日の様に集まり、騒いでいた。
しかし、不良達は地面に倒れていた。
何者かによって。
此処は廃ビルなので電気やガス、水道は通っていない。明かりとなる物は自分達で持ってきた物か窓から指す月明かりしかない。だが、自分達で持ってきた物は割れたため、今は窓からの月明かりしか無かった。月明かりといっても部屋全体を明るくするには物足りなく、窓からほんの少し指すだけで部屋全体を見渡すには全く不十分だった。
正直、男は何が起こっているのか理解していなかった。先程まで仲間と騒いでいたら突然明かりが無くなったので最初は明かりが切れたと思った。しかし、それに続くかの様に何かが倒れた音がした。それが人だというのに気付いたのは男が居た場所がたまたま窓際だったからである。だが、分かったのはそれだけだった。
突然の事に頭が追い付いていないのか、明かりが月明かりだけなので見ようとしても暗闇しか見えないからなのか、どちらにせよ分かった事はそれだけだった。
カッ
その音は突如、暗闇から聞こえた。
「な……何だ?」
男はいきなり聞こえた音に思わずそんな事を言っていた。
カッ、カッ
男の問い掛けに反応するかの様に、その音はまた聞こえてきた。
カッ、ガサッ、ガキッ、カン
今度は色んな音が聞こえてきた、そして男はやっとその音が何なのか理解した。
暗闇の中から微かだが、人の輪郭が見えた。その輪郭が段々大きくなっていくにつれて音がなっている。男はその人物が次第に近づいてきているということが分かった。
「だ……誰だ」
男は暗闇から近づいてきているであろう人物に問いかけるが返答はなかった。だが、その代わりに音が大きくなっていった。
カッ、カッ、カッ
そして、音が止まった。
男に近づいてきていた人物は暗闇を出る手前--月明かりに照らされる一歩手前で立ち止まった。そのせいで、その人物の特徴は分からなかった。
「だ……誰だ?」
男はもう一度その人物に問いかけたが何も返答がなかった。
そのかわりその人物は右手を挙げた。
正確には、右手に持っている銃の銃口を男に向けた 。
「なっ!?」
男は驚いたが、それも当然だろう。いきなり銃口を向けられたのだ。そんな事をされれば誰だって驚くだろう。
「待っ」
男は「待ってくれ」そう言おうとした。
だが、男の言葉を遮るように。
パン!!
一つの銃声が鳴った。
◆ ◆ ◆ ◆
「待っ」
パン!!
その人物は構わず銃の引き金を引いた。銃口から出た銃弾は男の額に勢い良く命中した。男は頭を仰け反らせて、背もたれにしていた窓際の壁に、ゴン!! と思い切り後頭部をぶつけた。そして頭が前に項垂れ、動かなくなった。
「……」
男を撃った人物は男が動かないことを確認すると、右手に持っていた銃を服の左袖に入れた。そして次に携帯電話を取り出した。携帯電話は手に収まるサイズで画面も大きい(俗に言うスマートフォンである)。スマートフォンを軽く操作をして耳に当てた。
暫くすると、スマートフォンから声が聞こえた。
『終わったのか?』
年齢が四十代ぐらいの男の声だった。
「……制圧完了。建物内に居た人数二十名、全員行動不能。」
機械のような無機質な声で、男を撃った人物はそう答えた。
電話相手の男は『はっはっはっはっはっ』と大きく笑った。
『さす――』
ピッ
男を撃った人物は電話を勝手に終わらせた。そして、スマートフォンをしまった。
次に、男を撃った人物は周りを見渡した。周りは明かりが無いので、暗闇で何も見えないのだが、その人物は何事も無く周りを見ている。
まるで見えているかのように、ライト代わりだった物やその破片、そこら辺に山の様に散乱している缶やボロボロのソファなどその人物は色んな物を触り始めた。
そこでその人物はある男を見た。より正確には倒れている男のポケットに入っている紙を見た。
その人物はポケットに入っている紙を抜き取って広げた。普通なら暗闇なので、文字なんて読めるはずが無いのだがその人物はやはり暗闇でも見えている様だった。
「……」
その人物は紙を暫く見た後その紙を折りたたみ、部屋を出た。そして歩きながら、もう一度スマートフォンを取り出した。しかし、先程のとは違うスマートフォンを取り出した。
そして、先程の様にスマートフォンをまた軽く操作すると耳に当てた。
今回は直ぐに相手が電話に出た。
『もしもし』
先程は男の声だったが今回は少し大人の様な女性の声だった。
「……終わったわ」
廃ビルの不良達を一人で無力化し制圧した人物――少女は言った。
『流石ですね』
「……そうかしら?」
『そうですよ』
「……そう、ありがとう」
と、少女が言うがその声は冷たい。
『それで……どうでしたか?』
「『黒』」
少女は一言言うと、先程見つけた紙をもう一度広げて見た。
「と、言いたいけど微妙ね」
『どういう意味ですか?』
電話相手の女性は少女が何を言っているのか分からなかった。
「本格的に関わる前に私が制圧したから、『灰色』って所かしら」
『本格的に関わる前……ですか?』
「ええ、そうよ。本格的は明日だったみたい」
『……どうするんですか?』
「決まってるじゃない――」
少女は一度、言葉を切った。
「――何時も通りよ」
『……』
「……」
『……そうですか』
電話相手の女性の声は少女を心配しているのが分かるほど小さかった。
「大丈夫よ」
少女は相手の女性が心配している事が分かっているのか、一言だけ言った。
『何時もの事だから……ですか?』
「……」
少女はその問い掛けに答えなかった。
「恐ろしいと思わない?」
少女が電話相手の女性にそう言った。
『何がですか?』
「人にとっては『おかしい』と思っても、他人にとっては『当たり前』だと思うのって恐ろしいと思わない?」
『……考えた事すら、ありません』
「そう。悪かったわね」
そこで少しの間、二人は無言だった。暫くの間、静寂がその場の空気を支配した。
その空気を破ったのは少女だった。
「後始末があるから、切るわね。」
『……分かりました。気をつけて帰って来て下さい』
「……分かったわ」
少女は最後に一言だけ言って電話を切ると、それをしまった。
そして少女は、そのまま歩いて階段を上がって行き、廃ビルの屋上に出た。
屋上は所々ボロボロでひび割れはもちろん、コンクリートが剥き出しの所もある。更に落下を防止する為に金網のフェンスがあるのだが、それも破れていたりしている。
「……」
少女は、それらを軽く見た後、金網のフェンス際まで歩いた。
「……明るいわね」
少女は、金網のフェンスの向こうに見える――商店街の光景を見ていた。
今頃、商店街は仕事帰りのサラリーマンや素行が悪い若者がいる事だろう。
少女はそんな事を思いながら見ていた。
そして、同時に思う。
『白い』と。
「…………」
商店街の光景は『白』。
先程、自分が全て撃った不良が『灰色』。
なら『黒』は何なのか?
少女は金網のフェンスに手を触れながら少しだけ考える。
「……考えるまでも無かったわね」
少女は金網のフェンスから手を離す。
そして、屋上の出入口まで歩きだした。そのまま屋上を後にしようとした所で、少女は振り返る。
振り返るとそこは先程、見た商店街の光景と何ら変わりは無かった。
「……」
少女はほんの少しだけ見ると、今度こそ後にした。
『黒』である自分が行く事が出来ない『白』の世界を。