十四呪 取引現場
猫が居たのは近くでは無く、裏通りの酷く入り組んだ所――奥であった。その奥の曲がり角で棄てられている電化製品の上に乗っていた。
俺は右手に持っていた写真とその猫を見比べた。
「ビンゴ」
まさしく、写真と同じ白い体毛で太っている猫――エリザベスだった。
エリザベスは俺が来るまでに、眠ってしまったようで電化製品の上で丸くなっていた。
「寝てるならいいか」
寝ているなら、何処か逃げる心配も無い。俺は写真をしまい、慎重にエリザベスの所へ歩み寄った。
「……起きるなよ」
と、俺は両手でエリザベスを捕まえようとした。
「遅いぞ」
「っ!?」
俺は反射的に声の方を向いた。だが、声がした方に人はいなかった。
「済まない……思わぬ邪魔が入った」
また、声がしたが最初の声の人物とは違う声だった。
「……」
俺は黙って、声を聞くとどうやら曲がり角の方から聞こえてきた。
俺は、声の主を知るために壁に背中を当て、曲がり角を覗き込んだ。
曲がり角を覗き込むと先は広場のようだった。広さは教室一個分ぐらいであり、他の場所と比べるとあまり物が無い為か、汚くないという印象を持った。
その広場の中央に人が立っていた。人数は手前に三人、奥に三人の合計六人で全員スーツ姿であるが、お互い一人だけ高級そうなスーツを着て、手にスーツケースを持っている。他の四人はサングラスに黒いスーツ姿で、何も持っておらず、手を後ろに組んでいる。お互い高級そうなスーツを着た一人が前に出て何やら話をしているため、四人が前に出ている二人を囲んでいるようにも見える。
「何だ、あいつら?」
こんな裏通りにスーツ姿でいるのはおかしい。場違いにも程がある。
「それで……例の物は?」
「……これだ」
高級そうなスーツを着た二人の内、奥にいる男が手に持っていたスーツケースの中身を手前に見せる様に開けた。
「何だ……あれ?」
俺はスーツケースの中身を見て、疑問に思った。
スーツケースの中身は赤かったのだ。
俺がスーツケースを凝視していると、手前の男が中身が赤いスーツケースに手を入れ、何かをつまむように取った。
「カプセルか、あれ?」
手前の男がつまんだ物は――カプセルだった。市販にある薬のような感じのどこにでもありそうなカプセル。しかし、色は赤い。
「おおっ!! これが『LO』か!」
手前の男が手に持った赤いカプセルを下から眺めるように見て声をあげた。
「L……O?」
俺は『LO』という言葉を聞いた事が無かったが、一つだけ分かった事がある。
関わってはいけないという事だ。
どうみても、あれはテレビドラマにあるような怪しい取引をしている。手前の男のスーツケースは開いてないが中身は多分、札束だろう。
「……」
漫画の主人公ならこういう事に首を突っ込むかも知れないが、俺は主人公でも何でもない。足音を立てずにこの場所をされば何も問題は無い。
俺はそう決めると、見るのを止めてこの場所を離れようとした。
だが俺は忘れていた。自分が何の為にこの場所に来たのかを忘れていた。
「フーッ!!」
「……」
そう――猫を捜しに来ていた事を。
今、俺の目の前には、一際身体を大きく見せようと威嚇している猫――エリザベスがいた。ただでさえ太っているのに更に大きく見えた。
「落ち着け、エリザ」
「フシャーー!!」
落ち着かせようとしたら、飛び付いてきた。
「危なっ!!」
身体を右に曲げて何とか避けた。エリザベスを見ると、やはりまだ威嚇している。
「馬鹿か、このデブ猫!!」
「フシャーー!!」
エリザベスがまた思い切り、俺に飛び付いて来ようとした時、
「誰だ!!」
怪しい取引をしていた奴らの声が聞こえた。明らかに近付いて来ているらしく、足音が段々と大きくなっていくのが分かった。
「ヤバッ!?」
俺は急いで立ち上がり、突然の声で飛び付いて来るのを止めたエリザベスの首を掴んで脇にはめて、そのまま走って行った。
「このデブ猫がっ!! 何してくれてやがる!!」
「フニャ〜〜」
「和んでんじゃねえ!!」
俺は叫びつつ、必死に走りながら裏通りの出口を目指した。障害物を飛び越えたり、時に妨害する様に倒したりしながら。
スーツ姿の奴らに空を飛べる能力や瞬間移動の奴が居たら意味が無いが、そんな都合良くいるはずがない。
何故なら――もし、いた場合俺が今走っている事がおかしいのである。
俺を泳がせているという考えもあるが、スーツ姿の奴らにとってあの取引は極秘だったはずだ。その現場を目撃した人物がいるなら真っ先に殺して、証拠を消すだろう。
殺すつもりなら俺を泳がせる意味が無い。空を飛べる能力や瞬間移動の奴がいるなら、直ぐに俺の目の前に現れるはずだ。なのに俺が走っているのは、奴らに移動系の能力を持ってる奴がいないという事だ。
「よし、もうちょいだ!」
「フニャ〜〜」
「……」
このデブ猫はどうでもいいとして裏通りを出るまで、後は今走っている狭い一本道だけだ。
奴らが本当にヤバい連中なら人目を避けようとするはずだ。裏通りを出れば、商店街にたどり着く。そうすれば奴らは追ってこない。
俺は一秒でも速く出ようと妨害せずに一本道を駆け抜けようとした。そして出口まで半分までの所で、
前方十メートルの所の左側の壁が突如倒れた。
「なっ!?」
俺はそれを見て、走るのを止めた。別にそこで走るのを止めずに走り続ければよかったのかもしれないが、直ぐに止まった事が正解だと分かった。
倒れた左側の壁から人――黒いスーツを着た男が現れた。そして左手には――、
「ハンマー?」
一メートル程の大きさのハンマーがあった。恐らく普通では追い付けないと考え、あれで壁を壊しまくって先回りしようとしたのだろう。
「……」
俺は他にもいると思い、壁の方を見るが他の奴らはいなかった。次に後ろをちらりと見る。後ろには誰もいないので、ハンマー野郎から逃げる事は可能だ。 しかし、逃げたとして他に裏通りの出口にたどり着ける可能性は低い。他の奴もコイツの様に出口に先回りしているかもしれない。
「……」
ハンマー野郎は無言で俺に近付いて来ている。サングラスで俺をどう見てるか分からないが、多分俺を殺すつもりで見ているだろう。
「……やるしかないか」
俺は脇に挟んでいたエリザベスを地面に降ろした。
「何処にも行くなよ?」
「ニャー」
エリザベスの返事を聞いて俺は目の前のハンマー野郎を見る。
「……」
ハンマー野郎は相変わらず無言で俺に近付いて来ているが俺のやることは一つだ。
ハンマー野郎をぶっ飛ばして、裏通りを出る。
「それだけだ」
俺はやるべき事を確認すると同時に自分にも言い聞かせるように言った。