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十秒魔導士 ~世界で一番、人に甘い少年の十秒間の奇跡~

作者: 超無気力死体

この物語は自分の学校で書いたものをそのまま転載しているだけなのでご了承ください。

「さて、今日もはりきって人助けをしようか!」

心地よくもあり、ほんの少し厳しい日射しを受け、桜も花を散らし、緑の葉を付け始める五月。朝、自室の窓辺に立つとある高校生はそんな日射しを浴びながらいつものように意気込んでいた。

 彼の名は多神(たがみ) 人吉(ひとよし)。おしゃれに興味が無さそうな寝癖だらけの黒髪に、人当たりが良さそうな顔立ち。身長170cmほどの高校生としては普通の背丈。

 探せばどこにでもいそうな一般的な人物だが、趣味は人助け、特技も人助けという他人のためなら何でもする利他主義で自己犠牲主義の持ち主だ。

「よし、その前にご飯食べないといけないな」

朝食をとるためにリビングへ行こうと窓と反対の位置にある扉へと向いた瞬間、目の前に手の平サイズの強烈な光の玉が現れた。

「え!? な、何これ!? すっごい眩しい!」

すると、急に光の玉が縦に細長い蕾のような形になり、花が開くように光の玉が開いていった。完全に開くと、強烈な光は柔らかな光に変わっていた。

 その様子を訳も分からず眺めていた人吉だが、花になった光の玉の中心に羽が付いた小さな人の様な、よくファンタジーに出てきそうな妖精がいる事に気付いた。

「あんたが、素質を持ってる人間ね。それじゃあ、さっさと終わらせようかしら」

妖精はいきなり喋り出した。

「え? 喋った!? というか君は何? 妖精? それとも新手の死神!?」

「誰が死神なのよ! あたしは精霊界から来た立派な妖精なの!! いい? 今からあんたに世界のありとあらゆる魔法が使える『秘術・絶対魔法(アブソリュートマジック)』をあげるから感謝してそこでじっとしてなさい!」

「え、何それ? 全く意味が分からないんだけど……」

人吉は、いきなり目の前に現れた謎の妖精に詳しい説明を求めるが、

「そんなものは後でもいいの! ほら、さっさとやることやっちゃうから、そこにじっとしてなさい!!」

などと人吉の意思を完全に無視し、有無を言わさず「秘術・絶対魔法」を人吉に授けた。


「天空の剣、大地の盾、大海の鎧。精霊界三種の神器加護の下、我新たな者にこの世の全てを与える大精霊の代行者――」


妖精が意味深な言葉を小声で発した瞬間、今まで彼がいた自室が消え、あたり一面真っ白な空間になった。

「我の中にある秘術よ、この者に秘術を与え、悪しき者から守る力となれ!」

妖精は言葉を発し続けると、妖精の胸の辺りから出てきた小さな光の玉が、人吉の方へと向かい、人吉の体の中へ入っていった。

すると、人吉の体の中から柔らかな光が、心臓の鼓動のように瞬いた。

その瞬きが消えるとあたり一面真っ白だった空間は無くなり、人吉の自室に戻っていた。

「なんとか上手くいったみたいね。あ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私の名前はルーシェ・ルクス・ルナトリカよ。ルーシェでいいわ。よろしくね」

謎の妖精、ルーシェは何事も無かったかのように、さも当たり前と言わんばかりに満面の笑みで自己紹介をしてきた。

「あ、よろしくルーシェ。僕は多神 人吉って言うんだ。こちらこそよろしくね。ところで君は一体何者なの? さっき死神では無いって言ってたけど」

「あたしは見た目どおり妖精よ! 精霊界では、そこらへんの精霊や妖精なんかよりもずっと偉いんだからね!」

人吉は妖精は位が低いものだと思っていた、妖精でも位が高い者もいるのか、と自分の認識と妖精の常識との違いに驚いていた。

「それと、今僕に何をしたの? 少なくとも何か悪いことをしたようには見えなかったけど……」

「今からあんたにそれを説明しようとしていたの。いい? 一回しか言わないからしっかり聞きなさいよ。今あんたに施したのは、世界のありとあらゆる魔法が使える『秘術・絶対魔法』よ。人間のあんたに使うと時間制限があるらしいけど、それでも十分に効果があると思うわ」

ルーシェは空中で脚を組みながら座り、説明を続けた。

「今私達が住んでた世界、精霊界が『絶対魔法』を狙う悪魔によって襲撃されたの。それでそれを奪われないようにする為に、この人間界の人間に使用して隠すことにしたの。だけど、ここで一つ問題があるのよね……」

「問題? 問題って何?」

本当なら学校に登校する準備をしなければならないのだが、いつも学校にはかなり余裕をもって行く人吉のなので、もう少しこの力について詳しく聞いても良いだろうと思った。

「『絶対魔法』に耐えられる人間が、五十人くらいしかいない事よ。この秘術は人間が持つには力が大きすぎて大抵の人間なら消滅してしまう。でも、その五十人は力に耐えて、コントロールすることが出来るの」

「つまり、その五十人のうちの一人が僕で、その僕に『絶対魔法』が与えられたって事!?」

座っていることに疲れたのか、ルーシェは軽く脚を伸ばしながら言った。

「そういうことね。良かったじゃない、あんたが世界にたった一人の人間の魔法使いよ」

「でも、さっき精霊界だっけ? そこを襲った悪魔はどうなるの? まさか僕を襲うとかあるの?」

「いや、それは無いわ。さっき言い忘れたけど『絶対魔法』って言うのは一度使うと三百年は使用できなくなるの。しかも、人間は精霊界が結界みたいな物を張って悪魔達が簡単には入って来れないようになってるから襲われる心配は無いと思うわよ」

ここまでの自分の身に起こったことを理解した人吉は、

「……要するに、これを使えばもっとたくさんの人が助けられるかも!!」

と大はしゃぎ。

「あ、あんた人助けって、その力を使って人助けをする気なの!?」

「当たり前じゃないか! こんな力があるんだから自分の好きなように使わないと! よーし、学校の準備して人助けに行こう!」

その目にやる気の炎を灯した人吉は、言い終わるかどうかのタイミングで自室を駆け出し、たった10分で準備を終わらせると脱兎のごとく学校へ向かった。

 一方、ルーシェはというと。

「はぁ、とんでもない人間に出会ったみたいね…… でも悪そうな奴じゃないし、そこだけは良しとしようかな」

と自分の中で勝手にまとめ、爆走する人吉の後を追いかけて行った。


 人吉がいつも学校に余裕をもって行くのは登校中に人助けをする為だ。ただ、今日はルーシェの話を聞いていたので、人助けを控えたいのだが――

「ん? あんなところに重そうな荷物を持ってるおばあさんがいる! 助けよう!」


「あそこには辛そうに階段を上っているおじいさんが! 助けよう!」


「今度は朝から堂々引ったくり!? こっちも助けなきゃ!」

――十キロは軽くある荷物を持ったり、おじいさんを背負って階段を全力でダッシュしたり、引ったくりと鬼ごっこしたり、その他いろいろと、こんな日に限っていつもの倍以上の人助けをした人吉だった。


「あんたっていつもこんな事してる訳?」 

 遅刻扱いとなるまであと五分というギリギリのところで何とか学校に着き、玄関で息を整えている人吉にルーシェがそんなことを聞いてきた。さすがにこの時間になると玄関には人がおらず、人吉とルーシェしかいなかった。

「ま、まぁね。でも、今日は、予想以上に、困ってる人が多くて、っ……こんなに時間が、かかったんだよ」

 朝からあんなに動いて、さらに八百メートルほどをダッシュすれば誰でも疲れるだろう。人吉は一言話すのにいつもの倍近く息継ぎをしていた。

 一方、ルーシェはというと妖精の習性を生かして全力で走っている人吉の隣を涼しい顔で飛んでいた。


「あー、つかれたー」

 息を整え終わり、クラスの自分の席に着くなり机に突っ伏す人吉。

 彼の席は中央の最前列。学生ならば一番取りたくない席なのだが、本人曰く、

「勉強できるなら別にどこでもいいよ。皆が嫌がる席に座るのも人助けの一環なんだし」

だそうだ。どこまでも人の為に尽くすのが人吉なのだろう。

 HRが終わり、早速授業の準備をしようと机の横にある自分のかばんに手をかけた瞬間、


「ふーん、ここが人間界の学校ね。何か面白くなさそう」


今日起こった中で最大の事件のことを忘れていた。そして人吉の思考が一時停止した。そう、ルーシェの存在だ。

「ルーシェ、ちょっと着いてきてくれない?」

「なに? ここじゃ駄目なの? てか、何であんた小声になってんの?」

「いいから僕に着いて来て」

とりあえず、ルーシェと今すぐにでも話さなければいけないことがあるので人気の無いところに行きたいのだが、この学校のHRと一限目の間は他の学校よりも長いので、廊下には人がいるし、当然トイレもだ。

 そんなことを考えながら行きついたのは玄関だった。さすがにここには誰もいないようだ。

「それで、ここに何かあるの?」

「いや、そうじゃなくてちょっと聞きたいことがあるんだ」

「それならさっきの所でいいじゃない。こんな隠れるような真似をする必要があるの?」

「それはまたあとで説明するから。今は僕の質問に答えて」

人吉の押しに負けたのかルーシェは、

「分かったわよ。で、質問ってなに?」

と、呆れ気味に言いつつ空中に座った。ここまで来て人吉の思考がやっと動き始めた。

「君って僕以外の人に見えてるの?」

「多分見えてないわよ。おそらくだけど、素質のある人間にしか妖精とか精霊ってのは見えていないようね」

自分以外には見えていないと分かって、人吉はホッと胸を撫で下ろした。

「そっか、それなら良かった。それと、学校の中にいる時や、人前ではあまり僕に話しかけないようにして欲しいのだけど」

「なんで話しかけちゃいけないのよ。それに、この世界ではあんたと話す以外にやること無いんだから」

ルーシェの声には少し怒りの色が混じっていた。

「それは……僕が一人で何者かと喋ってるように見えるからだよ」

「何かって、あんたはあたしと喋っているんじゃないの?」

「いや、君と僕から見ればそうなるのだけど、他の人から見ると君は見えない訳だから、僕が一人で何かと喋ってる変な人に見えちゃうんだよ」

「変な人って、あんたは元から変な人じゃない」

 人吉は顔の前で両手を合わせて頼み込んでみる。

「確かに、僕はいろんな意味で変な人だけど、今の僕は皆からすると『使い勝手の良いお人好し』なんだ。それだけなら問題ないけど、他の人から見えない君と喋ってたら、皆に気持ち悪がられるでしょ? だから必要最低限のこと以外は人前で会話しないようにしたいんだ」

 ルーシェは数秒ほど黙って考えたようだが、また呆れ気味に、

「はぁ……しょうがないわね。人前ではなるべく話しかけないようにするわ」

と何とか人吉の願いが通じたようだ。

「でも何かものすごい急ぎの用事とか大事なことがあったら、それは人前でも話していいからね」

「それについては分かってるわよ。さて、あんたが授業受けてる間、あたしはどうしようかしら」

「僕達の授業を一緒に受けてみる? それとも学校内を探検してみても良いけど」

ルーシェは空中で立ち上がりながら、

「まぁいいわ。あたしはこの学校内をふらふらしてるから」

と、ゆっくりした速度でどこかへ向かおうとする。

「それじゃあ、五時ごろには戻ってきてね」

ルーシェにそういい残し、人吉は早足で教室へと戻っていった。


 ルーシェを学校内で探索させ、授業に励む人吉。そんなに勉強が出来るわけじゃないが、とりあえず頑張ってみようということで分からないなりに頑張っているのだ。

 今は、お腹の空きだす三限目が何とか終わり授業と授業の間のちょとした休み時間。

「なぁ、人吉。ちょっといいか?」

次の授業の準備も万端で、外でも眺めていようかなと思った矢先、誰かが人吉に話しかけてきた。

「ん? なんだ、大吾と玲か。どうかしたの?」

 今、人吉に話しかけたのは親友の木下(きのした) 大吾(だいご)だ。百八十センチほどの長身、金髪に着崩した制服姿のどう見ても完璧な不良。それ以外にも空手をやっているので、体つきがしっかりしていてより一層不良に見えている。

 その横にいるのは、同じ親友の藤田(ふじた) (れい)

猫背に目が隠れるほど長い髪、中学生と言われそうなほど低い身長が特徴の人物だ。勉強も出来て、パソコン等の機械類の知識を大量に持っているので、学校内のパソコンが壊れると真っ先に玲が修理をしている。

「いや、今日の朝来るの遅かったし、HR終わってからもどっかに行ってたからどうしたんだろうなと思ってな」

「あぁ、朝は人助けがいつもの倍くらいあってね。それにさっきはトイレに行ってたんだよ」

「まーた人助けか。別に人助けしちゃいけないなんて言わないけどよ、ちゃんと自分のことも考えろよ」

「……人吉、お前トイレに行ってたのは嘘だろ? 本当はどこに行っていた?」

いきなり嘘を見抜かれてあせる人吉。

「え!? あ、いや……その……」

「……お人好しのバカが嘘ついても顔に出るんだ。で、どこに行っていた?」

今日あったことはこの二人に話そうと考えていた人吉だが、こんなに早く言うことになるとは思ってもいなかったので、またしても思考が停止していた。

「と、とりあえずさ。もうすぐ授業が始まるから、この話は後にしない?」

「……そうだな。じゃあ昼飯の時にまた聞くからな。気になるし」

「まぁ、お前が何やっててもいいけどさ。なんか大変なことが起こってるんなら俺達にも相談してくれよな。親友なんだし」

大吾は笑顔でそう言ってから自分の席に戻っていった。

 そして二人にどう説明しようかとずっと考えていた人吉だが、全く良いアイデアは浮かばないまま、昼食の時間になってしまった。


 人吉と大吾、玲はいつも三人で机をくっ付けて昼食をとっているので、今日も同じように机をくっ付けて食事をしていた。

 そして結局、今日起こったことをそのまま正直に言ったのだが、

「お前大丈夫か? もしかして人助けの途中で頭でも打ったのか?」

「……期待して損した気分だ」

予想通りの言葉が返ってきた。当然こんなこと誰も信じるはずが無い。当の本人である人吉でさえ、半信半疑の状態なのだから。

「いや、僕だって未だに信じれてないんだよ。本当に魔法が使えるのかどうか分からないんだし」

「もしそれが本当の話なら、証拠をみせろよ」

「いや……ここではちょっと使いたくないな。人もたくさんいるし……」

「……じゃあ帰る途中で見せてくれるんだな?」

こうやって自分で言った以上は、出来るかどうか分からないものでもやってみるしかない。人吉はしばらく黙って考えたあと、

「分かった。帰りに魔法を使ってみるよ」

 その後は魔法のことを一切口に出さず、ごく普通の高校生らしい会話をしながら食事を終えた。


 今日の授業が終了し人吉達は帰ろうとしたが、ここでルーシェがいないことに気付き、人吉はルーシェを探し始めると、すぐに人気のない廊下を漂っていたルーシェを見つけた。

「もう! 何やってんのよ! この学校、無駄に広いから迷ったじゃない!!」

見つけて早々に涙目で叱られた。

ここはどこにでもあるようなごく普通の学校なのでそんなに広いわけではないのだが、体の小さいルーシェからすると広く感じるのだろう。

「ご、ごめん。今日は学校終わったからもう帰るよ」

人吉は帰ってからまた改めて謝っておこうと心に誓いつつ、玄関で待っているであろう親友のもとへと急いだ。


 下校中、人吉達は魔法が使えそうな広くて人のいない場所を探しながら、街中を歩いていた。

魔法を使う話に関してはすでにルーシェにも言ってあり、承諾を得ていたので問題は無い。

 その時、耳を塞ぎたくなるほどの轟音が鳴り響いた。なんと、五十メートルほど前にある工事中のビルから、何本もの巨大な鉄骨が降り注いできた。それだけでも一大事だが、その落下地点に数人の小学生がいた。

 助けようとしたって何も出来るわけじゃないが、人吉は考えるよりも速く体が勝手に動いていた。五十メートルも離れているのでここままだと鉄骨が小学生に当たってしまう。

「このままじゃ駄目だ。もっと、もっと速く走らなきゃあの子達を助けられないっ!」

そう思った瞬間、人吉の体がまるで風の様にありえない速さになった。

 そして一秒とかからず降りかかる鉄骨の真下に来ると、その場にいた小学生たちが見えない何かに運ばれ、鉄骨の当たらない場所に移動していた。

「出来る……この力なら、僕は皆を助けられる!!」

自分の右手を見ながら人吉はその力に声を震わせていた。しかし、歓喜に胸躍らせている場合ではない。人吉は目前に迫った鉄骨を見据えながら、脚に力を込め、真上に跳躍した。それは跳躍と言うより飛翔と言った方が近いだろうか。

 飛翔した状態から人吉が拳に力を込めると周りを照らす太陽のような強烈な光が出て、

「はああああぁぁぁ!!」

ガゴン! と音を立てて拳を鉄骨に当てると、鉄骨は細かい粒となりその場から消え去った。

そこで魔法の効果が切れたのか、人吉は五メートルほど空中から、そのまま背中を地面に打ち付けた。

 この人吉の行動を見ていたルーシェは、

「十秒ね……もっと長く使えると思ったけど、まぁ十秒もあれば充分でしょ」

と、冷静な分析をしていた。


 人吉が初めて魔法を使ったとき、周りにいた人達は自たちが住んでいる世界の常識を覆され、絶対に起こることの無いものを目にし、その光景を食い入るように見ていた。まるでそこだけ時間が止まったかのように。

 そんな中、当の本人はと言うと、

「君達大丈夫? 怪我とかしてない?」

周りの事など全く気にせず、自分が助けた小学生達の事しか気にしていなかった。そして小学生が返事をする前に大吾と玲がいる場所まで戻って、走る際に投げた鞄を拾った。

「人吉……お前、本当に……」

大吾が話しかけて来たが驚きからか、その声は震え、言葉もまばらにしか出てこなかった。

「ん? だから言っただろ、魔法が使えるようになったって」

満面の笑みで答える人吉だったが、その内心は皆と同じでありえないとずっと思っていた。

「…………、」

普段滅多に感情を表に出さない玲だが、このときばかりはありありと感情が表に出ていて、これはこれで珍しいなと人吉は思っていた。

「さて、こんな所にずっといるのもアレだし、帰ろっか?」

人吉の言葉に促され、三人は自宅ヘと帰っていったが、大吾と玲は人吉と距離をとって歩いていた。

 そしてその時、人吉達は魔法を使ったことによるリスクなど考えたすらいなかった。


「あんた、十秒しか魔法が使えなかったわよ」

下校してからずっと黙っていたルーシェが人吉の部屋に入るなりいきなりそう言った。

「え? 十秒も魔法が使えたの? もっと短いかと思ってたけど」

「なんでそんなにお気楽思考なのよあんたは……」

あきれ気味に答えるルーシェだったが、その心の中では人吉が絶対に悪い奴じゃないと確信してホッと胸を撫で下ろしていた。

「というより、あんたは本当にこれで良かったの?」

「本当に良かったって?」

いつもは人の顔を見て会話をする人吉だが、制服をハンガーに掛けている途中に話しかけられたのでそっちを向いたまま会話をしていた。

「たった十秒、魔法が使えるだけで良いのかってことよ」

「僕は自分がしたことに対して後悔はしないよ。たった十秒でも前より多くの人が救えるのならそれでいいのさ」

「ふぅん、あんたはあたしの見てきたどの人間よりも優しいのね」

「それはただの誤解だよ。僕はただ人に甘いだけさ」

「まぁ、あんたが人に甘いとかはどうだって良いのよ。ただあんたがその魔法を持って後悔しないのなら、あたしはあんたを全力で手助けするわ」

「僕は後悔しないって言ったでしょ。だから改めてよろしくね、ルーシェ」

満面の笑みで言った人吉に対してルーシェは、人吉の言ったことに返事をせず窓からどこかへ出掛けて行った。しかし、その顔には出会ったときには想像も出来ない微笑みがあった。


 人吉が初めて魔法を使った翌日、人吉がリビングで家族と朝食をとっているとき、

「昨日、〇〇市 ビル建設現場にて作業中のクレーンから鉄骨が落下した事件がありました。幸いにも負傷者はおらず近隣の住民にも被害は無かったそうですが、その鉄骨を謎の高校生が消したという目撃情報が相次いでいます。警察は事件の状況や目撃情報を集めると同時にその高校生も捜索中とのことです」

というとても特徴的なニュースがやっていた。

「ぶっ!? げほっ、げほっ……」

その高校生が自分だと分かった瞬間、人吉は飲んでいたお茶を思いっきり吹いていた。

「人吉、何してるのよ。行儀が悪いじゃないの」

キッチンで皿を拭いていた母親が怒ったように言うがその言葉に厳しさはなく、小さい子供に叱るときそのものだった。

「お母さんの言う通りだよお兄ちゃん。まぁ前に誰もいなかったから良かったんだけど」

人吉の隣に座ってパンを食べていた妹も、全く怒っていない様で、その口調はかなり優しいものである。

「ははは、良いじゃないか。誰だってものを飲んでいる時に笑いたくなるときはある。で、人吉。お前は今のニュースで思い当たることでもあったのか?」

人吉から見て右斜め前でコーヒー片手に新聞を読んでいた父親が人吉をフォローしたが、父親は妙に鋭い所があり今言ったことも人吉にとってはフォローではなく、ただの追い討ちだった。

「い、いや何でも無いよ? ただ、謎の高校生が落ちてきた鉄骨を消したっていうのが面白かっただけだよ」

「そっか、まぁ、あれは面白いニュースだったからな。しかし、落ちてきた鉄骨を消したことも凄いが、そんなことをするなんて人吉みたいな人だな」

と少年のような笑顔で言う父親に対して人吉は苦笑いしか出来なかった。


 そんな仲の良い家族の朝食を終えて、今日も人助けの為にと元気に他の生徒よりも早くに家を出た人吉に対して、ルーシェは昨日からずっと考え事をしているように黙っていた。

「ねぇ、ルーシェ。昨日はいきなりどっかに行っちゃったけどどこに行ってたの?」

「この町とか人間のこととかあまり知らないから見にいってたのよ」

「そっか、何か分からないとこがあったら僕に聞いてくれても良いからね?」

「嫌よ。あんたは最近の常識とか知らなさそうだし」

「えぇー、そんなことないと思うけどなぁー」

「まぁ、礼儀とかの基本的な常識は聞いてあげるから安心しなさい」

通学中に人から見えないルーシェと会話しているのも他の人から見るとかなり変な光景なのだが、お喋りに夢中な二人は全く気付いていない。

 そのまま会話を続けていると、人吉がふと足を止め、歩いて来た道をじっと見始めた。

「あんた何やってんの? ほら、用事が無いならさっさと行くわよ」

「いや、ちょっとまって――やっぱりだ。向こうで困ってる人がいる」

「はぁ!? あんた、後ろ向いてても人が困ってるってわかるの!?」

「正確には分かんないけど、おおよそでなら分かるよ。さて、ちょっと行ってくるから鞄よろしくね」

「あ、ちょ、ちょっと!! 待ちなさい!!」

またも話してる人の顔を見ず、百メートルほど先にいる困っている人の方を見て話していた人吉だったが、一言言い残しルーシェの返事を待たず魔法を使って高速で移動していた。

 人吉はものの数秒で百メートルを移動し、その人を助けようと話しかけた。

「あの、大丈夫ですか? もし良かったら手を貸しますけど」

困っている人はこの辺に住むお婆さんで、歩道橋を横断しようとしていたらしいが、どうにも横断する気になれずそこでずっと立っていたそうだ。その歩道橋は階段がきつく、段数が多いことで有名で人吉もここで多くの人を助けているのだ。

「すまないねぇ、この歳になると階段を上がるのでさえ億劫でねぇ。それにしても、あんたは学生だというのに人助けとはよほど親御さんの躾が良いみたいだねぇ。家の孫も見習って欲しいもんだよ」

「いえいえ、僕はただ自分の趣味と特技が人助けでして、親は何も言っていませんよ」

「まぁ! 趣味と特技が人助けとはたまげた。きっとあんたは将来、いい人になるだろうね」

など、人助けを通じて地域の人との交流をするのが楽しいのが、人吉が人助けをする理由の一つでもある。

「でも、本当に反対側までおぶって行って貰って良いのかい? この階段さえ上れば後はなんとも無いんだけど」

こんな風に最初は階段を上るだけで良いと言って言っていたお婆さんだが、

「そんなこと言わずに道の反対側までおぶって行きますよ」

と人吉に言われたのでお言葉に甘えて道の反対側までおぶられることとなった。

 この他にも車に轢かれそうになった子供を魔法で助けたり、転ぶ先に尖ったガラスの破片がある人をまた魔法で助けたりとさまざま人助けを朝からしていて、魔法を手に入れる前のおよそ二倍近く人助けが出来るようになっていた。

「ねぇ、ルーシェ。僕の魔法って連続で十秒間発動するんじゃなくて累計で十秒間発動するんだよね?」

「あんたの魔法を使ってるとこを見るとそうらしいわね。それがどうかしたの?」

「いや、特に何でも無いよ。でも累計なら好きな時に使えるからすごく便利だなーと思ってさ」

「あんたがどれほど魔法が使えようがあたしには関係ないわよ。悪魔共にそれが取られなきゃ良いんだから」

学校まであともう少しという所まで来ると困っている人もそれほどおらず、人吉はルーシェを会話しながら学校へと向かった。


 ルーシェが学校内でふらふらしているということ確認し、教室の自分の机に鞄を置いたところでクラスメイトが話しかけてきた。

「なぁ人吉。消しゴム貸してくんない?」

「あれ? 吉井君、今日も忘れたの? まぁいいけどさ、後で返してよ?」


 その数分後、今度は先輩が人吉のもとへやってきて、

「多神ー、シャーペン貸してくんない?」

「小林先輩、久々に来ましたよね。はい、これ。ちゃんと返してくださいよ?」


 極め付けに先生がやってくると、

「多神、数学の教科書貸してくれないか?」

「いいですよ山田先生。後でしっかりと返してくださいよね」


 というよう感じで次々に人吉から物を借りていく人達。実は、人吉の教科書や筆記用具などがその授業中に全部揃っていることはほとんど無い。他の忘れた人に貸してしまうからだ。同じクラスの人から、他のクラスの人、最終的には先輩や教師にも貸してしまうので登下校中にしか鞄の中身が揃わないのだ。こんな風に毎日物を貸しているものだから学校では、

「忘れ物はとりあえず人吉のところに行けば問題無い」

とまで言われるようになってしまったのだ。

「お前は、人にホイホイ物を貸すなと何度言ったら分かるんだよ」

「別にいいじゃないか。困っている人を助けるのが僕の趣味であり特技なんだから」

どうやら人に物を貸していたのを大吾が見たらしく、大吾が呆れたように注意してきた。

「あれ? そういえば、今日は玲と一緒じゃないの?」

「あぁ、今日は人気の最新ゲームが発売する日でな。行きつけの店の店長に俺の分を予約してきたんだ。だからあいつとは今日は一緒じゃないぞ」

大吾は外見だけ見ると今時のやんちゃな高校生なのだが、本当はアニメやゲームが大好きなオタクであり、それがバレるのが嫌で空手をやっていたり、不良の様な格好をしているのだ。

「そっか。ということは大吾は今日、僕たちと一緒に帰らないって事だよね?」

「そうだな。今日は一刻も早く帰ってゲームしたいし、すまないが一緒には帰れないな」

「……今日発売の最新作なら俺もやりたいと思っていたところだ。よし今日は大吾の家に行こう」

「玲が行くなら面白そうだし僕も行こうかな。というより玲!? いつからいたの!?」

「おわっ! 玲かよ! ったく、心臓に悪いじゃねぇか!」

気配なく現れるというのはかなり怖く、いきなり現れた玲にひどく驚いている二人。たまに気配も無く玲が現れる時があるのだが、未だになれていないようだった。

「……俺なら大吾が新作ゲームの話をしていた頃からいたぞ?」

「気味が悪いからいきなり現れるのやめろよ! びっくりしただろ!」

「……すまない。これから気をつける」

「それで大吾、今日遊びに行ってもいいの?」

「ん? あぁそうだったな。まぁ最初にゲームショップによるだけだし、対戦とかもできるから別に遊んで行ってもいいぞ。ストーリーの攻略はお前らが帰った後にでもやるしな」

「……じゃあ今日の帰りは大吾の家で決定だな」

と、ごく普通の高校生らしい会話をしたりして一日が過ぎていった。


 そして、約束通り大吾の家に行くことに。

大吾の部屋には四つほど棚があり、そこにはゲームやらフィギュアやらが大量においてあるいかにもオタクっぽい部屋だ。ただ、人吉は大吾以外のオタクの部屋など見たこと無いので、これがすごいのかどうか分からないのだが。

 大吾の部屋に入った瞬間、大吾と玲がゲームで対戦を始めたので人吉はその様子を眺めていた。

「んなっ!? おい、玲それは卑怯だろ!」

「……今のは卑怯でも何でもない。コンボの問題だ」

「くっそー、次は負けねぇからな!」

「……プレイ時間三百越えの俺に勝てる訳がない」

 普段はゲームの強い大吾だが今日はなぜか玲に勝てず、勝利宣言までされるほどだった。

 そして大吾が一回も勝てないまま玲と人吉は帰っていった。


 ある日の休日、人吉達が暇だからという理由でどこに行く訳でもなく、ふらふらと街の中を歩いていた。ルーシェもついてきてはいるがなぜかそわそわしていて、またどこかに行きそうな勢いである。

「さて、特に行くあても無いんだがこれからどうする?」

大きな交差点の信号で大吾が人吉達に今後のことを聞いてきた。大吾は今時のやんちゃな若者がよく好むような服装で、アクセサリーがいっぱい付いていたりしてかなりかっこいいのだが、ピアスだけはつけていない。これには本人の趣味などが関係しているようだ。

「さて、って言われても呼び出したのは大吾じゃないか。どこに行くか決めてないの?」

「……まさかと思ってたが、本当に決めてなかったのか」

予想通りの質問に呆れ顔で答える二人。人吉はジーンズに白の長袖シャツと薄めの半袖の上着という比較的ラフな格好、玲はというと長袖のシャツに長ズボンだけの全く凝っていない服装で、鞄なども何も持っていないので近所に出掛けるような感じだった。

 この大吾は無計画な男で知られており、何するにしても思いつきで行動するタイプなのである。だから友達を呼んでも何をするか決めておらず、こうなる事もよくあるのだ。

「まぁ、良いじゃないか。適当に歩いてたらなんとかなるだろ」

と、笑顔で返す大吾。こうやって大吾と一日過ごしても全くつまらないと思わない事で有名で、学校の七不思議の一つでもある。

ふと何げに辺りを見回した人吉は、ルーシェがいないことに気付いた。しかし、また勝手にどこかへ行ったのだろうと思い、気にしないことにした。


 こうしてしばらくの間何か無いかなと街を歩きまわっていた人吉達の前に、たくさんの野次馬と、無造作に止められた何台ものパトカーが見えてきた。パトカーが取り囲んでいるのはこの辺にある中でも特に大きな銀行で、警備なども完璧と言われているものだった。

「なんだありゃ? テレビや映画でよく見る銀行強盗ってやつか? しかもここはめっちゃ安全じゃないのかよ?」

「あのパトカーの数だし、機動隊もいるってことは、かなり大きな銀行強盗だよね。この様子だとかなりすごい犯人だと思うけど素人の僕には詳しいことは分からないな」

今、目の前にある状況をすばやく整理し、予想を固めていると、

「……これを見ろ。今起こっていることがニュースになっている」

玲が携帯のテレビを使って人吉と大吾に今の状況を見せたが、三人の予想通り銀行強盗が起きていた。


 その時、辺り一面の音が何も聞こえなくいなるほどの轟音が鳴り響き、銀行から炎の柱が吹き上がった。


「おい! 爆発したぞ! 大丈夫なのかよ!?」


「あそこには主人がいるのよ! 早くなんとしてよ!!」


「皆さん落ち着いてください! 今状況を確認していますから!!」


爆発により野次馬はおろか警察もパニックなり、警察の警戒態勢が崩れそうになっていた。

「銀行強盗の次は爆発での火災か……さて、僕は行くけど二人はどうする?」

「行くってどこにだよ。まさかとは思うが……」

「そのまさかだよ。僕は今からあの銀行の中に行く」

「……やっぱりか。どうせそんなことだと思ったぜ」

「無茶だ! そんなの警察と消防に任せりゃ良いじゃないか! 何でそこまでして人を助けようとするんだよ!」

「だって、僕にはみんなを助けられる力があるんだよ? だったら助けるしか無いじゃないか」

「お前以外にもあの人達を助けられる人はいるだろうが!! なんで昔から一人で抱え込むんだよ! もっと人に頼ることも覚えろよ!」

「僕だって人に頼りたいさ。でも人に頼ってそれで失敗したら嫌じゃないか。それで後悔するくらいなら自分でやって後悔した方が良いんだよ」

「お前がそんな風になる為の親を亡くしたとか、大切な人が死んだとかイベントは無かっただろ!」

「じゃあそのイベントがあったら僕はあの人達を助けに行って良いんだね?」

「そうじゃないが――とにかく! 今回は行かせねぇ!」

「……そんなに行きたいなら行ってこい。ただし、やっぱり無理でしたなんて言って帰ってくるな。それで良いだろ? 大吾」

ここに来てずっと黙っていた玲が口を開いたかと思うと、いきなり人吉の意見に賛成した。

「なっ、玲までもかよ!?」

「……大吾が心配するのも無理は無い。こいつは究極のバカだからな」

「だったら行かせる必要もないだろ!」

「……じゃあ行かせなくてこいつが後悔したら、めんどくさいことになることくらい分かってるだろ。だったら行かせて後悔させたほうがまだマシだ」

「分かった、分かった! そこまで言うなら言ってこいよ! ただし、絶対に失敗して帰ってくんなよ!!」

「ありがとう、大吾。じゃあ、行ってくるよ」

と満面の笑みで言い残し、人吉は野次馬の中へと向かって行った。

 すべては人を助けるため。世界で一番、人に甘い少年が奇跡を起こす。


 とは言ったものの、大量の野次馬がいる時点で一番前まで行くこと出来ない。人吉がどうしようかと考えてると、

「あんた、もしかしてあの中に行きたいの?」

「あ、うんそうなんだけど……って、ルーシェ!? 今までどこにいたの?」

今まで人吉と離れて一人でどこかに行っていたルーシェがいきなり目の前に現れ、人吉の質問に答えず続けて話をした。

「さっきまでは警備が厳重で近づけなかったのだけど、さっきの爆発騒ぎで犯人が侵入に使ったと思われるマンホール周辺に人がいないのよ。そこから入ると良いわね。それとマンホールの中に入ったら、左へ進んで最初に見えてくる別の道を右に曲がれば犯人が入るのに使った穴が見えてくるはずだから」

「え? 何でそんなこと知ってるの?」

「ここで銀行強盗が起きた時にたまたまあたしもここにいて、馬鹿なあんたのことだから、絶対にここで人助けするとか言うと思っていろいろ調べておいたのよ」

「そうだったんだ……ありがとう、ルーシェ」

「べっ、別にあんたにお礼なんか言われる筋合い無いわよ。あ、それと犯人は十人近くいるから、死んでも知らないわよ」

「わかったよ。いろいろありがとうね、ルーシェ」

満面の笑みで感謝の気持ちを伝え、犯人が使ったマンホールへと入って行った人吉。その時のルーシェはというと、真っ赤になった顔を人吉に見られないように顔を背けていつもより強気な態度しか取れなかった。


 人吉の入ったマンホールはどうやら電気等を運んでいるらしく、ルーシェの行った通りに進むとコンクリートで覆われた地下道の中にぽっかりと人が一人分通れそうなほどの穴が開いていた。

「ルーシェが言ってたのってここだよな……よしっ! 行こうか!」

いくら魔法があると言えど、銀行強盗がいる中に一人で乗り込むのは流石に怖いらしく、人吉は自分に気合を入れてから穴の中に入っていった。

 しかし、穴の中は空気がそんなに無いのか、とても息苦しく少し移動しただけで息切れを起こすほどだった。たかが二十メートルの坂を這って上るだけなのだが、出口付近に付く頃にはその環境に慣れていない人吉の体力はほとんど残っていなかった。

 それでも人の為と力を振り絞り、目の前にある板に手をかけゆっくりと慎重に開け、周りの安全を確認してからやっとのことで外に出た。そしてそのまま目の前にあった棚に隠れ、少し体力が回復するまで待つ。その後は、人質となっている人達の所に行こうと考えていた。しかし、隠れていた棚から出た瞬間、巡回中と思われる犯人グループの中の二人と不覚にも遭遇してしまった。

「おい、お前なんでこんなところにいるんだよ、動いたら殺すと言っただろう!」

「あ、はい、すいません。今すぐに戻ります……」

犯人は全員覆面をしていて顔は分からないが、その中でも特に大柄な男がライフルを人吉に向けて声を荒げた。幸いなことにこの男は人吉が穴を使って入ってきたことに気付かず、人吉はこの機に乗じて人質達のもとまで行こうと考えていた。

「ちょっとまて、お前人質の一人じゃないだろ。人質はそんなに服は汚れていねぇし。誰も動けないように俺ら以外で見張ってるはずだ。なのにお前はどうしてここにいる? トイレに行くなら誰か一人は必ず付いているはずだ」

大柄な男の隣にいた長身の男が人吉にある不自然な所に気付き、人吉を引きとめた。しかも手に持ったライフルはいつでも撃てるように引き金に指がおかれている。

「はぁ、僕はたとえ銀行強盗を言えど助けるつもりでいたのに……抵抗するのなら容赦はしないからね?」

「何言ってやがる、容赦しないのはこっち――」

次の瞬間、ゴッ! と言う音と共に長身の男が三メートル近くぶっ飛び、床に背中を叩き付ける様に落ちた。ぶっ飛んだ長身の男は一度起き上がろうとしたが、そのまま力尽きたかのように起き上がらなくなった。

「てっ、てめぇ! 何しやがる!!」

今起きたことに対して激しく怒り出した大柄な男が、無造作にライフルを乱射する。しかし、それは人吉に当たることは無く辺りものを撒き散らし、壁などに銃痕を残すだけだった。そして魔法を使い、一瞬にして大柄な男の後ろに回りこんだ人吉は、両拳を思いっきり男の背骨付近に叩き込む。すると、一瞬耐えようと脚を一歩前に出したのだが、ダメージが相当大きかったのかそのまま倒れて動かなくなってしまった。

「一応、必要最低限で魔法を使ったけど、残りは後六秒位かな。本当に累計十秒で良かったよ。こうした使い方が出来るんだからね。よし、皆がいるはずの受付の方に行ってみよう」

と、歩き出した直後に人吉は自分の頭を全力で二発殴った。これは、たとえどんな理由でも一人傷つけるごとに自分の頭を全力で殴ろうと言う人吉の信念がそうしたものであり、今日は十発くらい殴るのかなと自分の頭をちょっと心配していた。


 受付の方に行ってみると、爆発のせいか辺り一面燃えていて、とても近付けそうになかった。

「うーん、犯人や人質はどこにいるんだろう……あっ、もしかして金庫とかにいたりして」

 火の海と化した受付を諦め、今度は金庫を探そうと銀行内を歩き回る人吉。とそこに、何人か近付いてくる音が聞こえ、それをどうにかやり過ごそうと物陰で息を潜めだした。

 しばらくするとその音が聞こえなくなり、また金庫へと向かい通路を奥まで進むと、そこには地下へと続いている階段が表れた。

「多分、ここからは隠れるところがないと思うけど頑張るしかないよね」

と階段に一歩、足をおいた瞬間、

「おい、誰だ! 動いたら撃つぞ!」

どうやら犯人グループの一人に見つかってしまったようだ。

その声に反応して、さっき人吉がやり過ごした数人もこっちに来ていた。これで人数は五人。はっきり言うと危機的状況だ。

 人吉は一言も話さず、一瞬で五人の後ろに回り込むと全員を蹴りで一撃で倒した。そのあとにもちろん五発、自分の頭をしっかり全力で殴ってから金庫の階段を降りていった。

 金庫の中はとても質素な無駄を省いた感じで、映画とか見たものそのものだった。そして、ほんの少し進んだところが広くなっており、金庫の扉とおぼしき巨大な鉄の塊が壁に埋まっている。今はそれが開いており、その扉の前に縄で縛られた人質がいた。おそらく人質は二十人くらいだろうと人吉は推測していた。

「皆さん、大丈夫ですか? 怪我とかしていないですか?」

人吉が足早に近付くと、

「あぁ、何とか大丈夫だ。怪我人もいない。だがみんなかなり疲れているようだな」

一番前にいたここの店長らしき人が、全員の無事を教えてくれた。

「それで、今犯人はどこにいるんですか?」

「確か、三人ほどでこの金庫の奥に行ったな。だが、中に入っていってから結構時間がたっているから、もしかするともうすぐ戻ってくるかもしれない」

三人と聞いて、今日自分が傷付けた犯人の人数を思い出す人吉。ルーシェは犯人が十人近くいると言っていたし、おそらく今動ける犯人はその三人だけなのだろう。

「それは好都合です。ここから脱出しましょう」

「でも上には巡回している犯人がいるはずでは?」

「それなら大丈夫です。彼らにはちょっと動けなくしてありますし」

にっこりと笑顔で言う人吉。それを信じてくれたらしく、店長らしき人が全員を上に行くように促した。

「あ、上についても動かずに階段付近にいてくださいね」

「あぁ、分かったよ」

そして、人質達が移動を開始した。しかし、あと少しで全員が階段に向かうというときに、犯人の三人がサンタクロースの持っていそうな大きな袋を持って表れた。

「おい、誰がこんなに大勢で動いていいって言ったんだ!? まさか……あの店長か?」

「それは僕が言ったんだ。何か文句でもあるかい?」

 金庫から出てきた中で一番前にいた細身の男が、代表でと言う感じで声を荒らげる。その怒声にも臆することなく、一歩踏み出て自分がやったと主張する人吉。

「はぁ? お前誰だよ。最初はここにいなかっただろ」

「あぁ、いなかったよ。僕はここにいる全員を助けに来た」

「全員? まさか俺らも、とか言い出すんじゃないだろうな?」

「もちろん君達も助けに来た。ただし、しばらく更正してもらうことになるけどね」

 その一言が引き金になったようで、こめかみに青筋を立てた男が人吉にライフルを向けながら、

「はぁ!? ふざけんじゃねぇぞ! 俺らは完璧な計画を立ててここまで来たんだ! 今すぐに、人質を全員ここに呼び戻せ。こんなことしやがったてめぇと一緒にぶっ殺してやる!!」

 その言葉を聞いた瞬間、人吉の体の中でどす黒いものが溢れ出し、体が急に熱くなってきた。そしてそれが怒りだと判断するのに一秒とかからなかった。

「今、何て言った? もう一回言えよ」

「だから、てめぇらをぶっ殺してやると――」

「ふざけるな!! お前の勝手でこの人達が殺されて良いわけないだろ!! たとえ他の人が認めようが、僕は絶対に認めない!!」

「てめぇに俺らの何が分かるんだ! 社会から見捨てられ、すべてを失った俺らの気持ちなんか、てめぇらに分かるはずもねぇだろ!!」

「じゃあ、僕がそれを救ってやる! 時間はかかるかも知れないが、もう二度とこんなことが出来ないように更正させてやる!」

 自分の言っている事がおかしいのは人吉も分かっていたが、魔法を使い、一瞬にして男の前まで接近するとその力をすべて込めた全力の拳を放ち、ガンッ! という音をたてながら男は金庫の扉へと叩きつけられた。

「ぐっ……! まだ、倒れる訳には……!」

男はボロボロの体でも立ち上がり抵抗の意思を見せてくる。そんな姿を見た人吉は、

「あなたの頑張りはすごいと思う。でもあなたはそれをもっと他の場所で使えば良かったんだ」

と、怒りが収まったのか、いつも通りの口調になった人吉が何もダメージを与えずに終わらせようと、魔法を使って男を眠らせた。

 するとしばらく呆然と見守っていた残りの犯人達だが、ようやくと言った感じで人吉にライフルを向け撃とうとする。しかし感動を邪魔するなと言わんばかりに、人吉が魔法を使い蹴りを入れ黙らせた。

 そして人質だった人達のもとへ向かおうと階段へ足を向けた瞬間、急に足の力が抜けて片膝を付いたまま立てなくなってしまった。

「あ、あれ……? なんかすっごい疲れてきたぞ? でも、まだやらなきゃ、みんなを助けないと……っ!」

まだ自分にはやることがあると言い聞かせ、強制的に立ち上がる。なんとか立ち上がった人吉は、あとで必ず戻ってくると聞こえるはずのない犯人達に言い残し、階段を駆け足で上っていった。


「やっと来ましたか! 遅かったのでみんな心配していたんですよ」

「あぁ、それはすみません。でももう大丈夫ですから外に行きましょう」

疲労の色を一切見せず、人吉がそう促し入り口の方へと向かう。だが、そっちへ歩きだしたのは良いものの、受付の方は爆発によって燃えていることを思い出した。しかし、もう少しで受け付けに付くのだが、炎の明かりが全く見えない。もしかして、と思って受け付けに行くと火が消えておりその中程まで機動隊が入り込んでいた。


「おい、囚われていた人質達が出てきたぞ! 犯人はどうしたんだ?」

機動隊の一人が歓喜と驚きの入り交じった大声で目の前の起きていることを無線で報告した。それが合図となったかのように機動隊が銀行の奥に突入していく。

人吉は微笑みながら、

「これで終わったんだ」

と小さな声で呟いていた。

 人質達が玄関から出てくると、野次馬から歓喜の声があがった。人々はその事に涙し、笑顔になった。それを一通り見た人吉はこっそりとそこから抜け出し、

「おかえり、この様子だと、失敗せずに帰ってきたみたいだな」

「……流石究極のバカだな。やることだけはキチッとやってきやがって」

「ただいま。今日は疲れたし、服も汚れちゃったからもう帰ろうか」

大吾や玲とほんの少し言葉を交わして家へと帰っていった。しかし初めて魔法を使ったときとは違い、三人のは距離などとらず肩を並べて歩いていた。


 やはり銀行強盗のことは大きなニュースになった。しかも、たくさんの人が見ていたこともあり、あの銀行強盗から三日後、人吉は街のヒーローとなっていて、銀行強盗が起きるよりもさらに多くの人助けをするようになっていた。

「あんたまた人助けもいいけど、早くしないと学校に遅れるわよ」

「分かってるって。今終わるからちょっと待っててよ」

 今日も今日とてヒーローは人の為に十秒間だけの奇跡を使う。困っている人がいる限りどれだけでも。

 これは世界で一番人に甘い高校生が起こした奇跡の物語である。

ども、超無気力死体です。

今回は始めての短編物ということで、「人のためなら何でもする男が魔法を使うとしたらどうなんだろう?」をテーマに書いてみました。

これは一応僕の部活の部誌で書いたものの転載なんですけどね。まぁたくさんの人に読んでもらえたらなぁという自分勝手な思いで投稿してみました。

読んでくれた方は是非とも一言感想を書いていただけると今後の励みになると思いますのでよろしくお願いします。


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