第八話
少し長いです・・・
結婚式から1週間。
当日は式のあとに披露宴、披露宴の後に夜会と忙しかったが、1週間たつと落ち着いてきた。
私は、というと、いつもはお妃修行で忙しいリディア様につき従い、暇な時間は勉強をしている。
「ティカ、時間が出来たからフィリップ様に会いに行くわ。」
リディア様はそう言うと姿見の前で一回転した。
ドレスのすそがふんわりと翻る。
「はい、では参りましょう。」
最近リディア様は夜にしかフィリップ様に会えなくて寂しいらしい。
まぁ、お互いとても忙しいのでしょうがないかもしれないが。
私たちはフィリップ様の私室に向かった。
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コンコン
「失礼します。リディア様侍女のティカです。フィリップ様いらっしゃいますか?」
そう言うと、ドアが開いた。
そこにいた人を見た瞬間、一瞬にして鳥肌が立つ。
「こんにちは、ティカ殿。殿下は今隣室で休憩中です。どうぞ、お入りください。」
いたのは、怪しげな視線で私を見つめるセシウス様だった。
侍女仲間の話を聞いたところ、セシウス様はフィリップ殿下の秘書らしい。
14歳で大学を飛び級で卒業していて、家柄もいい。見た目も麗しく、性格も紳士的で優しく、非のつけどころのない方だとか。
最後のは少し疑問に思うけど・・・
すごい方だとは思うけど、どうにも胡散臭い。
セシウス様の言葉を聞いて、リディア様は嬉しそうに隣室に向かわれた。
「さて・・・二人きりになりましたね」
いつの間にか目の前にいたセシウス様に驚いて一歩後ろに下がると、彼はにやりと笑って私の右手をぐいっと引っ張った。
「きゃっ」
「そんなにおびえないでください。私はあなたに何かしましたか?」
しては、いない。
と思う。
でも、本能的に私の中で何かが、この男に近寄ってはいけないと警告音を出している。
私は右腕に力を入れて引っ張った。
「おっと、あなたの力で私にかなうと思っているのですか」
セシウス様は逆に自分のほうに私を引っ張り、左手もつかんだ。
目の前で妖艶に微笑む美丈夫の力はやはり男性のもので、運動も何もしていない私の力では全然かなわない。
両手をつかまれた状態で、正面から向き合う。
それにしても、身長165cmはある私が見上げなくてはいけないなんて、一体どれくらい背が高いのかしら。
いつまでそうしていたのだろうか。
セシウス様は苦笑すると私の両手を離した。
少し、掴まれていた手首が赤くなっている。
「すみません、あなたがかわいらしいもので。」
そんなことを言われても、からかわれているようにしか思えない。
とは思うものの、彼に口答えする勇気は私にはなくて。
赤くなった頬を両手で押さえた。
「ティカ殿、私と観劇に行きませんか?」
私はぎょっとしてセシウス様を凝視した。
「え・・・?」
「私と観劇に行きましょうと言ったのです。」
ついまじまじとセシウス様を見てしまった。
彼の顔はまじめで、嘘をついているようにも、からかっているようにも見えない。
どうして私が誘われたのかしら・・・?
私は一歩下がってセシウス様から少し距離をとると、軽く頭を下げた。
「すいません、私、あまり観劇には興味ないのです。それにセシウス様でしたらもっと素晴らしい方とお出かけ出来ますわ。」
嘘だ。
観劇に興味がないわけではない。
見たことがないから見てみたいという気持ちはある。
しかし、この人と一緒に、というのは絶対に嫌だ。
このような綺麗な人の隣に私がいるなんて考えたくない。
「私はティカ殿を誘っているのです。では、観劇ではなく、セリーヌ川下りというのはどうですか?」
セリーヌ川というのはビダンティウスを横切る大きな緩やかな川のことだ。
仕入れた情報によると、幅広い年齢のカップルの一番のデートコースということである。
こちらだって私は絶対に嫌だ。
「申し訳ありません、私、とても忙しいのです。セシウス様ほどではないですが、しなくてはいけないことがたくさんあって・・・」
そこまで言うと、セシウス様は残念そうに、そうですか、と言った。
少し、罪悪感だ。
でも、一瞬の罪悪感と一定時間の拷問を天秤にかけると、やはり一緒に出かけるのは避けなくてはいけない。
私はリディア様を隣室まで迎えに行き、リディア様の部屋まで一緒に戻った。




