第五話
薬事棟のある北塔から連絡通路を使って南塔へ、2階から3階に行く階段の途中で、私たち4人はフィリップ様とあの、黒髪の男とすれ違った。
サクラが階段の端にずれ、頭を下げるのに倣って、私たちも同じようにする。
フィリップ様が視界からいなくなったので、頭をあげて階段を上り始めた。
「ティカ、とってもラッキーね!フィリップ様とセシウス様のツーショットを拝むことができるなんて!」
アリーが目をきらきらさせて私に向き直る。
あの黒髪の貴公子の名前はセシウス様、とおっしゃるのか。
「そうなの?そんなにラッキーなこと?」
確かに普通に侍女として働いている限り、見目麗しい2人を見る機会はあまりないかもしれないけれど。
アリーとミリーが興奮したようにきゃっきゃっきゃっきゃするのを聞いて、サクラがいましめるように、コラ、と言う。
「こんなところで無駄話はしちゃダメよ。もうすぐ侍女室に着くのだから。」
アリーは返事をすると、歩きながら後ろのリボンを直した。
ビダンティウス王族の侍女服は、淡いレモン色のブラウスにオレンジ色のひざ丈スカート、その上から白いひらひらなエプロンをつけてウエストで後ろにリボンを結ぶ。
王子についている侍女は水色の侍女服を身に着けていたので、つかえている人によって制服の色が違うらしい。
どっちにしろ、フランティアでくるぶし丈の黒い侍女服を着ていた私にとっては、膝丈というのがどうにも落ち着かないのだけれど。
長い廊下を歩いているうちに、最初に出た部屋の前にいた。
南塔3階の奥の部屋、それが私たち侍女の部屋だ。
部屋に入ると、ソファに座る。
「まぁ、あれが必要最低限ね。あとは、騎士様の私室や温室、書庫、ゲストルームなどもあるのだけれど、緊急ではないしね。そのうち覚えていけばいいわ。」
「あ、案内して下さってありがとうございました!」
私が頭を下げると、3人が朗らかに笑った。
ミリーがすっと立ち上がって紅茶のポットとカップを4つ持ってくる。
私が立ち上がろうとすると、ミリーが止めた。
「やめてよ、気を使わないで。敬語だっていいの。言ったでしょう、仲良くしようって。私たちはみんなあなたと同じくらいの年だし、私だって王宮勤めもそんなに長くないのよ。」
アリーが髪の毛を手ぐししながらこっちを見る。
「わ、分かった。ありがとう!」
ミリーの淹れてくれた紅茶はとても香ばしくて、おいしかった。