第二十話
あのキスから、私は出来るだけ普通に過ごした。
リディア様には元気がないと心配されてしまったけれど。
私、ポーカーフェイスできないのかな。
セシウス様のことは出来る限り避けている。
彼に直接用事のある時は他の人に任せたり(あいにく喜んで行ってくれる)、姿を見かけたら見つかる前に柱の陰に隠れたり(みんなには不審がられたけど)、なるべく侍女仲間と一緒にいるよう心がけたり(ハイスクールの女学生みたいね)。
そのおかげか、ひと月も彼と接触せずに済んだ。
いくら気持ちに蓋をすると言っても、そんなにすぐに完璧にできるわけではない。
そんなある日、私たちの母国であるフランティアから使者がやってきた。
曰く、リディア様の一番上のお姉さまである、ディアナ様の御子様の産み月が近くなったので、リディア様も里帰りをしてはどうかということだった。
フランティアでは、王位継承権は女性も持っている。
一番最初に生まれた王の血族が次世代の王になるのだ。
側室制度というものはあってないようなもので、ここ30年くらいは王妃はただ一人である。
フランティアの現王には四人お子様がいらっしゃって、一番上からディアナ様21歳、ククール様19歳、フランク様17歳、そして我らがリディア様15歳といったところだ。
当然、次の王位継承者はディアナ様にある。
一方、ビダンティウスでは、王の直接の血を引いた男児しか継承権はない。
側室制度も活用されていて、現王にも側室が二人いらっしゃる。
フィリップ様は正妃様との第一子なので、間違いなく次の王になる方だ。
「そっか~、もうそんな時期なのね。分かった、帰るわ。お姉さまに伝えておいて。」
使者にそう告げると、リディア様は私の方をちらりと見た。
「そうね、3日後にここを出発しようかしら。ティカ、ついてきてね。」
「かしこまりました。」
頭を下げた。
産み月が近いといっても、あとひと月以上あるはずだ。
急かしてリディア様を早く里帰りさせようとしているのは、きっとククール様とフランク様だろう。
二人はかわいらしいリディア様をことのほか溺愛している。
私は、荷物をまとめに部屋に戻った。
もしかしたら私も家族に会うことができるかもしれない。
こっちに来てからというもの、リディア様の結婚式当日にしか家族に手紙を送っていなかった。
一年中すずしいビダンティウスと違い、フランティアは季節の移り変わりが激しい。
だからこそ、農業が栄えたのだろうけど。
こちらの侍女服は持っていかなくていい、
あちらの侍女服は一着以外すべておいてきたし・・・
洋服は、これとこれと・・・
「あ・・・」
そして、ドレス。
1回だけ着て、きっとこれから着ることはないだろう。
目にするだけで色々な思いがよみがえってくる。
私は、それを丁寧に包んで、戸棚の奥深くに入れた。
今さらですが、セシウスの家名「ホスフィニエ」というのは、
ホスフィンという化学物質からとりました(笑)