第十六話
第三幕が終わって、貴族たちが劇場から出ていく。
目の前では、リディア様がフィリップ様と楽しそうにオペラの感想を話しているようだ。
横を向くと、セシウス様がこっちを見て、にこりと笑う。
私は非常にばつが悪かった。
実は、観劇中隣のセシウス様に手を重ねられたのだが、驚いて手を引いてしまったのだ。
それから、なるべくセシウス様のいない方向へ身体をずらしていたのだが、第三幕の途中くらいでまた手を握られた。
振りほどこうにもできなくて、何とはなしに辛い思いをしたのだった。
「どうでした?」
「え?」
一瞬、手を握られていたことかと思ったが、椿姫の感想らしい。
「ああ、えっと。ヴィオレッタに感情移入してしまって・・・身分違いの恋はやはり駄目ですね。私、すごく悲しくなりました。」
残念なことに、結局私が集中して見ていたのは第三幕の最初までだったので、最後のほうはよく分からなかった。
ヴィオレッタが死んでしまったのは分かったが、それ以外はあまり理解できなかったのだ。
「そうですか・・・私はそう、思いませんでしたけど。結局死別してしまっても、結局二人は愛の力で結ばれていたのです。真実の愛の力を感じましたよ。」
こちらを見てにやりと笑う。
おこがましいけれど、まるで私に向けて愛の言葉をささやいているようで。
この美しすぎる顔はひどい。
その気のない女までその気にさせる。
私はふいっと顔をそらした。
「ティカ、セシウス、私たちはディナーをしていくよ。君たちもそうだろう?」
不意に立ち止まってそう言うフィリップ様にぎょっとすると、セシウス様は当然といった風に、はい、と答えた。
え、本当にするのかしら?
殿下の手前、そう答えただけかしら。
「それではな。」
殿下はそう言うと、リディア様と護衛たちを連れて馬車でいなくなってしまった。
残された私とセシウス様。
ちらっと見上げると、にやり、と微笑まれる。
「さぁ、行きましょう。」
「あの、本当に食事を?」
「もちろんです。せっかくドレスアップしているのですから、その美しい姿を見ていたいのです。」
先ほどのオペラの中の愛の言葉よりも情熱的にそうささやき、私の手をとると、セシウス様は馬車に乗った。