第十話
食堂からリディア様の部屋に向かうまで、私はスキップをしていたかもしれない。
小国フランティアで中の上くらいの家柄だった私の夢は、こっちの国で見た目と家柄が中の上、中身が上の上である男性と結婚することだ。
ビアはすべての条件がぴたりと当てはまる。
薬師の家系と言っていたから、家柄は上に入るかもしれないけれども、それでもこのチャンスを逃すわけにはいかない。
私はうきうきする心を静めるために右手を強く握って、左手でリディア様の部屋をノックした。
そろそろ歴史の授業も終わっているはずだ。
「失礼します、リディア様。ティカです。」
そう言うと、リディア様の声で、どうぞ、と中から聞こえたので私はドアを開けた。
リディア様は嫌いな歴史の授業の後だというのに、これ以上ないという笑顔で私を見つめている。
「ティカ、待っていたわ!あのね、聞いてちょうだい!あのね!」
なぜか興奮しているリディア様に嫌な予感がする。
「フィリップ様に、観劇に誘われたのよ!」
リディア様はるんるん、といった感じで私の所まで来ると、私の両手を握った。
「それは、ようございました!」
「ええ、あのね、だから、その。ティカにも・・・ついてきてほしいの!」
リディア様がそう望むのなら、私はそれを断る権利はない。
もっとも断る気はさらさらないけれども。
リディア様はやったーというと、私を抱きしめた。
「きゃーうれしい!あのね、観劇は来週の週末よ!」
来週の週末・・・
確か、ビアに誘われた日とぴったり重なっている気が・・・
私は右頬が少しひきつるのが分かった。
が、リディア様のお願いだ。嫌な顔なんてできない。
気力で満面の笑みを作ると、リディア様に握られた手を握り返した。
「かしこまりました!初めてのデートですね。私は、この侍女服で付いていけばいいのですよね?」
私は当たり前のようにリディア様にそう聞いた。
すると、リディア様は困ったようにこっちを見る。
「それがね、仕事気分で行きたくないからって、侍女も正装をさせてほしいってフィリップ様に言われているの。」
「いえ、でも・・・」
私が持っているのは侍女服と、街に出かける軽装、儀式に着て行く喪装くらいしかない。
リディア様やフィリップ様にお供するときに着ておかしくない服なんて、侍女服以外に持っていない。
私は途方に暮れてしまった。
ドレスを買うことができないわけではない。
けれども、一度しか着ないと分かっているドレスに大金を出すのも、ためらわれる。
「あのね、もしなんだったら、フィリップさまがね、ティカにドレスをプレゼントするって!」
「そんなことはできません!」
そんな大それたこと、出来るわけがない。
王子からドレスを買ってもらうなんて、そんなの侍女じゃない。
私はリディア様をじっと見つめた。
「それでしたら、やはり、私はお留守番をするか・・・」
「『これは僕のわがままだし、正装をしてほしいというのも僕の命令だ』っておっしゃっていたわ。さ、買いに行きましょう!」
命令と言われれば、従うしかない。
私は完全に折れて、リディア様の言葉に従った。
セシウス完敗です。