第九話
フィリップ様の部屋から帰った後、リディア様は歴史の授業で、私には休憩時間ができた。
今のうちに昼食をとらなくては。
階段を下りて2階に行く。
2階は食事棟だ。
ミリーの言っていた通り、いつもスープは絶品だ。
他のものもおいしいけれど、スープは初めて食べた時に衝撃を受けた。
それ以来やみつきで、1回はおかわりしている。
ビダンティウスの王宮では、使用人の食事時間や入浴時間は決まっていない。
食事はメインが1時間に一回交換され、スープやパンは1日に2回交換されるらしい。
それらを好きなように自分で盛るのだ。
「今日のスープは・・・緑豆とアボガドのスープか・・・」
私はいつも通り少し多めに盛り、あいている席に座って食べ始めた。
お昼時を少し過ぎたので、人はあまり多くない。
スープをひと匙すくって口に入れる。
口に入れた瞬間に広がるまろやかな甘み。
やっぱり、すごくおいしい。
知らず知らずのうちに上がってしまった頬を抑えると、後ろから肩をたたかれた。
「お久しぶりです。向かい、いいですか?」
「あっ、はい、どうぞ!!」
体温が一気に上昇したのが分かった。
そこにいたのは、私が一目ぼれをしたビアだったのだから。
ビアはありがとう、と言うと椅子を引いて私の向かいに座った。
「こんな時間に昼食だなんて、侍女の仕事はやはり大変のようですね。時間帯も決まっていないし、自分の都合で動けない。」
「そんな!お医者さんだってとても大変そうですわ!」
あせってそう言うと、目の前のビアは苦笑した。
彼はそのままパンをちぎって口に運び、噛んで飲み込む。
「はは、研究に熱中し過ぎて、気づいたらこの時間帯だったのです。そういえば、この前お渡しした薬、どうですか?効いていますか?」
私は大きくうなずくと、スプーンを置いて両手を開いたり閉じたりした。
「そのことなんですけど、あれ、すごいですね!私、あれを飲み始めてから、手が冷たいと感じたことがないんです!ありがとうございます」
そう、最初はあの茶褐色の瓶に入った錠剤を半信半疑でのみ始めた私だったが、だんだんその効能が現れてきて、今では手放せないものになっていた。
「それはよかった。あ、ティカさん。あの、観劇のチケットを二枚手に入れたのですが、ご一緒にいかがですか?来週の・・・週末なのですが。」
少し緊張した面持ちのビアさんが懐から二枚のチケットを取り出して私に渡した。
一番目立つ所に『椿姫』と書かれている。
私はビアの顔をもう一度見た。
「あの、無理にとは・・・」
「行きます!行かせてください!」
初めて意中の男性からデートに誘われて感極まっていた私は、遠くから見つめている視線に気づかなかった。