故郷
森を突き抜けて進むと男の故郷である小さな村がみえた。
彼が木陰からぼんやりと村を見渡すと、今夜の夕食であろうパンを抱えた彼女が、こちらに気づいて手を振った。
彼は幼少期のころから一人になりたくなると、家を出て、この森の中やあるいはどこか、この村の外のどこかにふらふら歩いてゆく癖があった。
それは、そもそも英が小さくて、大家族がその中に暮らしているから家に彼の私的空間がなかったことや、村そのものが小さいゆえに家庭的で暖かく、その村にいる限り一人という感情を味わえないからでも会った。
その癖は年をとるごとに増長し、ある程度体力が付くころになると、旅人として、各地をさすらい歩くようになった。
村の外は、どこでも自分がぼんやりと一人になるところという感覚がなかなか彼から抜けられず、そして彼の現実世界とはそれゆえにこの村一つであった。
旅とは、その地元の人と多かれ少なかれ交流しなければ出来ないものであるが、人とふれあってもその土地の何を知っても、彼は村から外に出ている間はぼんやりとした詩のなかをある家いる気分に浸る。
一度言った土地は、もう二度と行くことが無いので、誰もかにも何もかも、彼の目の前から紙芝居のように場面が切り替わってゆく。人に土地にほかの何かに、もうちょっとでも執着を見せれば幻想は消え去り、かれの現実世界は広がったのかもしれないが、彼はあえてそれをしなかった。
でも村に帰れば、彼が細部まで知っている、そしてこれの子とそ細部まで知られているすべての風景にもどる。
男はほほえんで彼女にむかって大きく手を振った。