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魔王討伐後に追放された元勇者、辺境教師になったら教え子全員がラスボス候補でした 〜災厄になる前に、まずは給食を食べような〜  作者: 早野 茂
第8章 王国上層部編

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第84話「未来の守護者たち」

王都での激闘と、法廷での歴史的な勝利から一年。

季節は巡り、辺境の森に再び柔らかな春の風が吹き抜ける季節となっていた。

澄み切った青空の下、王国立最果て学院はかつての寂れた姿が嘘のように活気にあふれている。

崩れかけていた正門は立派に修繕され、雑草だらけだった中庭には色とりどりの花が咲き乱れている。窓ガラスが割れ、冷たい風が吹き込んでいた旧校舎も、今では温かな日差しをたっぷりと取り込む明るい学び舎へと生まれ変わっていた。


「レオン先生。おはようございます。今年の新入生たちの資料がまとまりました」


エリス・アークライトが、分厚い羊皮紙の束を抱えて職員室に入ってくる。

彼女は今や、辺境と王都の間で板挟みになっていた頼りない代理ではない。自らの意志で生徒たちを守り抜き、王都の理不尽な干渉を跳ね除ける、堂々たる辺境学院の長としての顔つきになっていた。


「ああ、おはよう。ご苦労さん」


レオン・グランヴァルトは、手元のマグカップから温かいコーヒーを啜りながら、エリスから資料を受け取る。

パラパラとページをめくると、そこに記されているのは、かつてのミリアたちと同じように、王都の学院や各地の貴族家から「危険」「制御不能」「教育不可」の烙印を押され、見放された子供たちの記録ばかりだった。


「……今年もまた、随分と厄介払いをしてくれたみたいだな」

「ええ。王都の教育局も、自分たちで手に負えない特異な才能を持つ子供は、すべて当学院の『特別教導クラス』へ丸投げすればいいと考えている節があります。本当に腹立たしいことです」


エリスが呆れたようにため息をつく。だがその顔に、かつてのような悲壮感や絶望はない。


「ですが同時にこうも思うのです。彼らが王都の冷たい檻に閉じ込められるくらいなら、この最果て学院で、あなたが彼らの担任になってくれて本当に良かったと」


エリスの言葉に、レオンは苦笑しながら席を立った。

魔王を倒した元勇者が、今では王都から厄介者扱いされた子供たちの受け皿になっている。客観的に見れば、相変わらずの左遷人生だ。

だがレオン自身は、今の生活を少しも嫌だとは思っていなかった。


「どんな才能を持っていようが、どんな危険な魔力だろうが関係ないさ。まずはうちの食堂で、温かい給食を腹いっぱい食わせる。話はそれからだ」

「ふふ、そうですね。私もメルディア先生と相談して、今日の給食はとびきり美味しくて栄養のある特別メニューにしておきました」


エリスが自信たっぷりに微笑むのを見て、レオンは黒いコートを羽織った。

彼が向かうのは、かつて「特別隔離教室」と呼ばれ、今では「特別教導クラス」という誇り高い名を与えられた旧校舎の奥の教室だ。


廊下を歩きながら、レオンは初めてこの学院へ赴任した日のことを思い出していた。

あの日、彼はこの手にある辞令書を見て、思わず愚痴をこぼしたものだ。

『俺、字を教えるよりドラゴンの倒し方の方が得意なんだが』

どうして魔王を倒した自分が、こんな辺境で子供のお守りをしなければならないのか。得体の知れない問題児たちを相手に、何を教えればいいのか。あの時の彼は、確かに困惑していた。


だが今は違う。

レオンは教室の扉の前に立つ。

封印符も、魔力抑制の結界も、補強された鉄格子もない、ただの木製の扉だ。

レオンは迷うことなく、その扉に手をかけ、勢いよく開け放った。


教室の中には、この春新たに特別教導クラスへ預けられた五人の新入生が集められていた。


部屋の隅で膝を抱え、周囲の床を水浸しにして震えている少女。

誰かが近づくのを拒絶するように、全身から青白い放電を纏って威嚇している少年。

触れるものすべてを腐らせてしまうため、両手を分厚い包帯でぐるぐる巻きにされた少年。

常に精巧な幻術の仮面を被り、本当の感情をひた隠しにして薄ら笑いを浮かべている少女。

そして、有毒な瘴気を吐き出す体質を封じるため、顔の半分を覆う頑丈なマスクを付けさせられた獣人の少年。


全員が警戒し、大人を憎み、自分自身の力に怯え、世界から見捨てられた絶望の瞳をしていた。


その瞬間だった。

レオンの視界が赤く歪み、彼の固有能力である『終末視』が発動する。

あの禍々しい破滅の文字が、新入生たちの頭上に次々と浮かび上がった。


【未来の深海魔女】王都水没。死亡者数、十五万。破滅原因:恐怖。

【未来の雷霆暴君】五都市破壊。死亡者数、八万。破滅原因:不信。

【未来の腐朽王】大陸全土汚染。人類生存率、二パーセント。破滅原因:絶望。

【未来の幻影女帝】国家転覆、内戦誘発。死亡者数、二十万。破滅原因:猜疑心。

【未来の猛毒災厄】広域パンデミック。死亡者数、三十万超。破滅原因:迫害。


レオンは心の中で静かに独白する。

五人。その全員が、未来の災厄だった。


かつての赴任初日とまったく同じ構図、まったく同じ絶望の未来。

だがレオンの心は、もう一ミリも揺らがなかった。

あの赤い文字は、今ここにいる子供たちそのものではない。

彼らが誰にも理解されず、手を差し伸べられず、孤独と絶望の底に突き落とされた果てに生まれる『選ばない未来』に過ぎないと、彼は誰よりも深く知っているからだ。


レオンが教室の中へ一歩足を踏み入れると、新入生たちはビクッと肩を震わせ、さらに身を固くした。大人の男の、しかも元勇者という圧倒的な存在感に怯えているのだ。


「先生、先走らないでください。彼らが怖がっていますわ」


その時、レオンの背後から凛とした声が響いた。

教室に入ってきたのは、辺境学院の制服を誇らしげに着こなした五人の生徒たちだった。


「ほら、お前ら。そんなに怯えなくていい。この先生は顔と態度はでかいが、中身はただのお節介な大人だからな」

レオンが「誰の顔がでかいって?」と低く呟くと、ガルドは聞こえないふりをして肩をすくめた。


ガルド・バルガがニヤリと笑いながら、雷霆暴君となるはずの少年の前に立つ。

少年が威嚇の放電を放つが、ガルドは穏やかな黒炎の壁でそれを受け止め、周囲へ散らさないようにそっと制した。

「いい出力だ。だがコントロールが全くなってねえな。大丈夫だ、俺が完璧な出力制御ってやつを教えてやるよ。火でも雷でも、暴れさせるだけじゃ三流だからな」

かつて暴君と呼ばれた少年は、今は頼れる番長として後輩に手を差し伸べている。


「大丈夫。先生は、私たちを絶対に一人にしないから」


ミリア・フロストレインが、深海魔女となるはずの少女のそばにしゃがみ込む。

少女の恐怖によって周囲に広がっていた水溜りを、ミリアはそっと冷気で凍らせ美しい氷の花へと変えた。


「ほら、こうすればとても綺麗だから。あなたの力も、きっと同じように誰かを喜ばせることができるわ」


かつて孤独な魔女だった少女は、今は温かい氷壁の守護者として後輩に寄り添っている。


「死の力も、腐敗の力も、向き合い方を覚えれば、誰かを傷つけるだけのものじゃなくなるんだよ。僕も昔はそうだったから、君の痛みがよくわかるよ」


ノア・レイスが、腐朽王となるはずの少年の包帯で巻かれた手に、そっと自分の手を重ねる。


「一緒に、生きるための力の使い方を学ぼう」


かつて死者に執着していた屍竜王は、今は生者の痛みに寄り添う魂送りの賢者として後輩を導いている。


「そんな見え透いた幻術の嘘で自分を守らなくても、ここでは誰もあなたを裏切ったりしませんわよ」


セレス・ヴァーミリオンが、幻影女帝となるはずの少女の前に立ち、赤い扇子でそっと彼女の幻の仮面を撫でる。


「信じるのが怖いなら、まずは私たちを観察することから始めなさい。きっと、退屈はさせませんわ」


かつて他人を駒として支配しようとした女帝は、今は誰も見捨てない紅蓮の宰相として後輩に微笑みかけている。


「お前、毒の匂いより、すっごく腹ペコの匂いがする!リュカが一番美味しい肉、分けてやる!」


リュカ・ウォルフが、猛毒災厄となるはずの獣人少年の前にしゃがみ込み、マスクに触れない距離で鼻をひくひくさせながら、銀色の尻尾をちぎれんばかりに振っている。


「だから、泣かなくていい!リュカたちが、群れになってやる!」


かつて迫害に牙を剥いていた獣神災厄は、今は弱き者を庇う銀狼の守護獣として後輩を迎え入れている。


先輩たちの温かい言葉と態度に触れ、新入生たちのこわばっていた表情が、ほんの少しだけ緩んだ。彼らの頭上に浮かんでいた禍々しい未来の称号が、ノイズのようにかすかに揺らぎ始める。


かつて世界を滅ぼすはずだった生徒たちは、今、自分たちと同じように居場所を失った子供たちを救う側に立っていた。

その成長した教え子たちの姿を見て、レオンは少しだけ目を細め、誇らしげに息を吐いた。


レオンはゆっくりと黒板の前に歩み寄り、チョークを手に取る。

そして、黒板に大きく自分の名前を書いた。


「俺はレオン・グランヴァルト。お前たちの担任だ」


レオンの低く通る声に、新入生たちはビクッとしながらも顔を上げる。

レオンはチョークを置き、新入生たちを、そして自分の自慢の教え子たちを見渡した。


「難しいことは後でいい。まずは、今日の給食を残さず腹いっぱい食べるところからだな」


その予想外の言葉に、新入生たちはぽかんと口を開けた。

ミリアがクスリと笑い、ガルドが肩をすくめ、ノアが優しく頷き、セレスが扇子で口元を隠し、リュカが「ご飯!」と目を輝かせる。

レオンは彼らの反応を見て、満足そうに口角を上げた。


「ようこそ。ここは災厄の檻じゃない。未来を変える教室だ」


そしてレオンは、新入生たちとかつて災厄候補だった五人の守護者たちを連れて温かな湯気の立つ食堂へと歩き出した。


澄み切った青空の下、辺境の教室に新しい風が吹き込む。

かつて魔王を倒した勇者は、辺境の教室で、剣ではなく給食で未来を変えた。

それはたった一つの世界を救って終わる物語ではない。

これからも、この教室からいくつもの未来が変わっていく。


かつて世界を滅ぼすはずだった生徒たちは、未来を守る者になった。


(完)


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

追放された元勇者レオンと、災厄候補だった五人の生徒たちの物語は、ここで一区切りとなります。

彼らの教室を最後まで見届けてくださったこと、心より感謝いたします。

もしこの物語を楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価で応援していただけると嬉しいです。

皆さまの応援が、今後の創作の大きな励みになります。

本当にありがとうございました。

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