第5話 みさきの力と真之の尊敬
白雲山の中腹に差しかかったころ、一行は大きな難所に行き当たった。
道を塞ぐように、無数の巨石が転がっているのだ。幅は三人がかりでも抱えきれぬほどで、石工たちは顔を見合わせた。
「こりゃあ……どうにもならんぞ」
「割るにも、道具が足りねぇ」
「どうする、親方?」
権左は腕を組み、険しい顔で巨石を見つめた。
「このままじゃ先へ進めん。だが、山を下りて道具を取りに戻るのも……」
そのとき、みさきが一歩前に出た。
「わたしに……やらせてください…」
石工たちは息を呑んだ。
宗円は静かに筆を止め、真之はみさきの横顔を見つめた。
「みさき殿、無理はするな」
「大丈夫です。これは……わたしの役目ですから」
みさきは巨石にそっと手を触れた。
冷たく、重く、動く気配のない岩。
だが、みさきは目を閉じ、深く息を吸った。
不思議な力が体を満たし、岩の形、重さ、内部のひび割れ――すべてが、まるで自分の体の一部のように伝わってくる。
「……動いて」
みさきが囁くと、巨石がわずかに震えた。
石工たちがざわめく。
「お、おい……動いたぞ」
「本当に岩が……!」
みさきは両手を岩に当て、さらに力を込めた。
岩の内部にある“芯”をつかむように意識を集中させる。
ごろり――。
巨石が、まるで生き物のように横へ転がり始めた。
地面が揺れ、砂が舞い上がる。
「す、すげぇ……!」
「こんなことが……人の力で……!」
石工たちは畏怖の眼差しでみさきを見つめた。
宗円は震える手でその光景を描きとめている。
だが、真之だけは違った。
驚きも恐れもなく、ただ静かにみさきの背中を見守っていた。
巨石が完全に道の脇へ退けられると、みさきはさらに集中し、付近にある小さい岩や石をあやつり、道を補強しはじめた。
それを見ていた石工たちは絶句した。
「うぉ!これは…」
「石が勝手に動いておるような…」
「ううむ、商売あがったりだなぁ…」
石工も驚愕する速さで石や小岩が敷き詰められ、どんどん登山道が出来上がっていく。だが、さすがに長時間は続けられないらしく、みさきはふらりと膝をついた。
「みさき殿!」
真之が駆け寄り、肩を支える。石工たちも心配そうに見ている。
「無理をしたな。大丈夫か」
「……はい。少し、疲れただけです」
みさきは微笑んだが、その顔色は青白かった。
真之は、そっと水筒を差し出した。
「飲め。喉が渇いているだろう」
「ありがとうございます……」
みさきが水を口に含むと、冷たさが体に染み渡った。
真之はその様子を見守りながら、静かに言った。
「みさき殿の力は、確かにすごい。だが……拙者はその力よりも、島のために尽くそうとする心を尊いと思う」
「……え?」
「岩を動かせるからではない。みさき殿が“誰かのために”と願うからこそ、拙者は敬意を抱くのだ」
「わたしが……怖くないのですか?」
「怖い? なぜだ」
真之はきょとんとした顔で言った。
「岩を動かす力など、ただの力にすぎぬ。大切なのは、それをどう使うかだ。みさき殿は、誰よりも優しい心を持っておる」
みさきの胸が熱くなった。今まで、誰もがみさきに親切に接してくれてはいたが、恐ろしい能力を持つ異国の子という事実は変えられない。
自分自身で勝手に疎外感を持っているだけかもしれないが、自分が他と違うということを意識すると、他人とどうしても距離をとりたくなる瞬間があった。そんなときは、寂しさも覚える。だからこそ、必死に人助けをして、その心の隙間を埋めようとしてきた。
目の奥がじんわりと潤む。
「……真之さまは、どうしてそんなふうに……」
「拙者には、そう見えるからだ」
真之は照れもせず、まっすぐに言った。
その真っ直ぐさが、みさきの心を揺さぶる。
宗円が後ろから小声でつぶやいた。
「ほほう……これは、ますます絵になるのう」
「宗円殿、聞こえておるぞ」
「聞こえるように言っておるんじゃよ」
石工たちはまた笑い、みさきは恥ずかしさに頬を染めた。
棟梁が気合を入れ直す。
「さぁ、こうしちゃいらんねぇ!俺たちもやるぞ!」
巨石をなんとか片付けた一行は、道を整備しつつ再び山道を進み始めた。
だが、みさきの胸には先ほどの真之の言葉が何度も反響していた。
――力ではなく、心を見てくれる人。
――怖れず、尊敬してくれる人。
その存在が、みさきの世界を静かに変え始めていた。
まだその感情の正体は分からない。
けれど、何かが胸の奥で確かに芽吹き、広がっていく。
そんな感じであった。




