第4話 危険な道と真之のさりげない優しさ
白雲山の麓を出発した一行は、朝の冷たい空気の中をゆっくりと進んでいた。
山道は最初こそ緩やかだったが、やがて岩肌がむき出しになり、足場の悪い場所が続くようになった。
みさきは太陽を避けるため、黒塗りの大きな番傘を広げ肩にかついでいた。真之は常にその横を歩いていた。
宗円は後ろから地図を描きながら、時折二人の様子をちらりと見ては、ひとりでに微笑んでいた。
「みさき殿、足元に気をつけよ。ここから先は崖道が続く」
「はい、真之さま」
みさきは慎重に足を運んだ。
だが、岩場は思った以上に滑りやすく、苔むした石が足の裏でぐらりと揺れた。
「あっ……!」
体が傾き、視界がぐらりと揺れる。
その瞬間、強い腕がみさきの腰を支えた。
「危ない!」
真之だった。
みさきはホッとすると同時に申し訳なく感じた。
「す、すみません……」
「謝ることはない。ともかく無事でよかった」
真之はそう言って、そっと手を離した。
だが、その手の温もりはみさきの腰に残り、しばらく消えなかった。
宗円が後ろから声をかける。
「若いのう。わしなんぞ、あんなふうに支えられたら腰が砕けてしまうわい」
「宗円殿……!」
真之が顔を赤くし、石工たちはどっと笑った。
みさきは恥ずかしさと、胸の奥のくすぐったい感情に戸惑い、俯いた。
昼を過ぎると、太陽は容赦なく照りつけ始めた。
みさきの肌はすぐに熱を帯び、息が少し荒くなる。
「みさき殿、日差しが強い。こちらへ」
真之は自然な動作で、みさきの前に立ち、影を作った。
その影は大きく、みさきの体をすっぽりと包む。
「……ありがとうございます」
「気にするな。拙者が立つだけで守れるのなら、いくらでも立とう」
その言葉は軽やかだったが、どこか本気の響きがあった。
みさきは胸が温かくなるのを感じた。
宗円がまた小声でつぶやく。
「ほほう……これは絵になるのう」
「宗円殿、聞こえておるぞ」
「聞こえるように言っておるんじゃよ」
石工たちは笑い、みさきは思わず頬を染めた。
さらに進むと、道は細くなり、片側は切り立った崖、もう片側は岩壁という危険な場所に差しかかった。
風が強く、足元の砂がさらさらと流れていく。
「みさき殿、手を」
真之が差し出した手は、迷いのないまっすぐな手だった。
みさきは一瞬ためらったが、そっとその手を取った。
温かい。
しっかりとした力強さがある。
その手に導かれるように、みさきは崖道を進んだ。
途中、突風が吹き、みさきの頭巾がめくれ上がりそうになった。
「危ない!」
真之はすぐにみさきの肩を抱き寄せ、風から守った。
みさきは驚きで息を呑む。
「大丈夫か」
「……はい」
真之の胸に触れた瞬間、みさきの心臓は早鐘のように鳴り始めた。
これは何なのだろう。
胸が熱く、息が苦しい。
けれど、嫌ではない。
その感情に名前をつけられず、みさきはただ俯いた。
崖道を抜けたところで、一行は休憩を取った。
宗円は巻物を広げ、地図に印をつけながらつぶやく。
「ふむ……若いというのは、ええもんじゃのう」
「宗円さま、なにかおっしゃいましたか?」
「いやいや、なんでもない。わしはただ、旅というのは自然と人と人との距離が近くなるものじゃ」
みさきはその言葉の意味を理解できず、首をかしげた。
だが、真之はわずかに目をそらし、耳まで赤くしていた。
山道はまだ続く。
だが、みさきの胸には、これまで感じたことのない温かい灯がともり始めていた。




