第2話 みさきの成長と静かな孤独
みさきにはひとつだけ、どうしても越えられない壁があった。太陽光である。
日が昇ると、まぶしくて目が見えなくなるだけでなく、みさきの肌はすぐに赤くなり、長く外にいれば熱を帯びてしまう。
藤兵衛は様々な薬草を試したが、体質そのものが陽の光に弱いのだと悟った。きっと、この子が生まれた国は、年中霧に覆われて、太陽があまり見られないのだろうと、想像した。だから、仕方ないと勝手に合点していた。
みさきは日中はあまり日の当たらないところで暮していた。当然、家の中にいることが多くなった。
「みさき、今日はここで遊んでおいで。外は日が強いからな」
「はい、おとう」
みさきは素直にうなずくが、窓の外から聞こえる子どもたちの笑い声に、胸が少しだけ痛んだ。
走り回る輪の中に、自分は入れない。
それが、幼い心に寂しさのようなものを落としていた。
それでも、みさきは泣かなかった。
ある日の夕暮れ時のこと、家の裏手にある岩場へと足を運んだ。そこは島の子どもたちがあまり近づかない、潮風の強い場所だった。
みさきは岩にそっと手を触れる。
すると、岩が動き、みさきの背丈ほどの空間のある岩屋を作り出した。
「……これで、風が吹いても、雨が降っても大丈夫」
自分のためではない。
島の誰かが困ったとき、少しでも役に立てるようにと願って作ったのだ。
やがて、その岩屋は漁師たちの雨宿りの場となり、子どもたちの秘密基地にもなった。島民は驚きながらも、みさきの力を恐れず、さらに感謝するようになった。
「みさきちゃんは、神様に選ばれた子だよ」
「岩が動くなんて、わしらにはできんことじゃ」
そんな声を聞くたび、みさきは胸の奥が温かくなる。
だが同時に、どこか遠くにいるような寂しさもあった。
ある日、島の子どもたちが浜で遊んでいるのを、みさきは日陰からそっと眺めていた。
走り回る姿、砂を蹴る音、笑い声。
そのすべてが、みさきには眩しすぎた。
「……わたしも、いっしょに外で遊べたら」
小さくつぶやいた声は、潮風にさらわれて消えた。
そのとき、背後から優しい声がした。
「みさき、ここにいたのか」
藤兵衛だった。
みさきは慌てて振り返る。
「おとう……ごめんなさい…ちょっと外が見たくて」
「おお、そうか、他の子と一緒に遊べなくてさみしいか?」
藤兵衛はみさきの頭を撫で、そっと抱き寄せた。
「みさき、おまえは特別な子だ。おとうもおかあも、島のみんなが、おまえを大切に思ってる」
「……わたしも、みんなのことが好きです」
みさきは微笑んだ。
その笑顔は、夕陽に照らされて淡く輝いていた。
その頃、白雲山のふもとの一部を治める白峯家では、山に向かうにはまともな参道がなく、山頂へ続く道は険しく、毎年けが人や死人が出る。島の者たちが何度も整備を試みたが、落石や崖崩れが相次ぎ、手がつけられない状態だった。
そんな折、白峯家の当主が島民からみさきのうわさを聞きつけ、藤兵衛の家を訪れた。
「みさき殿の力を、白雲山の参道整備にお貸しいただけぬか。あの山は島の守り神の宿る場所。どうしても道を開かねばならぬ」
みさきは驚いた。
自分の力が、島の大事業に求められるなど思いもしなかった。
「わたしの……力で、できますでしょうか」
「できるとも。おまえの力は、島の宝だ」
藤兵衛の言葉に、みさきは胸に手を当てた。
その胸の奥で、静かに火がともる。
「……はい。わたしでよければ、お役に立ちたいです」
その返事は、幼い少女とは思えぬほど凛としていた。
こうして、みさきは島のために初めて大きな一歩を踏み出すことになる。
まだ知らぬ未来へと続く、長い参道整備の始まりであった。




