第10話 鬼の一族の始まりと伝承
白雲山のふもとに神殿が建てられてから、季節が三つ巡った。
神殿は白雲諸島に暮す人々の信仰の最も重要な地として栄え、参道には島民たちが絶えず行き交うようになった。
その中心に立つのは、初代神官となったみさき、そして、その神官を支える真之である。
みさきは山の神と島民をつなぐものとして日々祈りを捧げた。
真之は、神殿の警護と管理を務め、島民からの信頼も厚かった。
やがて二人は正式な夫婦となり、真之は、白峯姓ではなく、鬼頭姓を名乗るようになった。
さらに、白雲島の親方から神殿の敷地内に小さな家を与えられた。そこで、家族の穏やかな日々が流れていった。
時が経ち、みさきは三人の娘を授かった。
長女・まや、次女・さや、三女・あや。
いずれもみさきの青白い肌と澄んだ瞳を受け継ぎ、幼いころから不思議な力を見せた。
まやは人の心根を正確に知る内響の力に特に優れ、神官としての修行を始めた。
さやは石を自在に操る力に秀でていたため、ときどき参道の整備を任されていた。
あやは三姉妹の中で唯一、雷や風の術を使いこなせたため、これらの技術を鍛冶に応用していた。
娘たちは、程度の差はあったが、みさきの能力を持っていた。だが、三人三様で得手不得手もあった。
島民たちは驚嘆するばかりで、三人を「鬼の娘たち」として温かくそして畏敬の念をもって見守った。
「みさき殿の血は、まさに神の恵みじゃ」
そんな声が島中に広がっていった。そして、その声にこたえるよう、家族は島民たちの求めに応じ、その力を発揮していた。
みさきの家族の噂は、やがて周囲の島々にも届いた。
ある日、大島の親方が神殿を訪れ、深々と頭を下げた。
「どうか……娘のさや殿の助力を仰ぎたい。
あの子の力があれば、崩れた道を直し、荒れた地を開墾し村を救えるのです」
続いて、小島の親方も訪れた。
「三女のあや殿を……どうか我が島へ。
昨今、造船業が行き詰っておりまして、
是非ともその不思議な術で島の鍛冶に力を貸していただきたい」
みさきは胸を痛めた。
娘たちが必要とされているのは理解できるが、まだまだ十代の子供たちを遠い所に行かせるのは不安だった。
だが、娘たちの力が島々を助けるのならと、本人たちの意志も確かめた上で承知した。
真之は静かに言った。
「みさき殿……娘たちは、きっと立派に務めを果たす。
参道を切り開いたときのことを思い出してみよ。
藤兵衛殿の元を離れるとき、迷いはなかったであろう?
あの子たちはそなたの血を強く受け継いだ、強く優しい子らだ」
みさきは涙を拭い、空を見上げた。
「……ええ。あの子たちなら、大丈夫ですね」
こうして、長女を除く二人の娘はそれぞれ別の島へ向かった。
後に、さやが大島で築いた家は「鬼島家」、あやが小島島で築いた家は「鬼邑家」、
そして、鬼頭家に留まった長女まやは、後に白雲神殿の神官となり母の跡を継いだ。
三つの島に広がった鬼の血は、やがて島々の発展に貢献し、
それぞれの家は独自の力と文化を育んでいった。
やがて二人がこの世を去って数百年が過ぎた後も、
白雲山の神殿には毎年多くの者が参拝に訪れる。
年に一度、みさきの誕生月の十月になると、白雲諸島の親方三人も必ず参加する大祭が執り行われる。
そして、鬼の御三家も勢ぞろいし、神官とともに白雲諸島の安寧を願う。
鬼の一族の者たちは自分たちの祖先に思いをはせ、その子たちに語り継ぐ。
「白雲参道を開いた鬼の一族の始祖、みさきおばあさま」
「島々を救った鬼の一族の母」
「奇跡の力を持ちながら、誰よりも優しい心を持った人」
そして、一族にとっては、みさきの血が流れていることに誇りを持ち、島の人たちのために働き続けることを再度誓う日でもある。
白雲島の神殿には、宗円が描いた一枚の絵が今でも飾られている。
祠の前で手を取り合う、若き日のみさきと真之の姿。
人々はその絵を見ながら、二人の起こした奇跡の数々に思いをはせることができる。
こうして、
海から流れ着いた小さな命が、
島々の未来を変え、伝承となり、
今もなお語り継がれている。
その名は――
鬼の始祖 みさき。




