お前の子供、なんて名前だったっけ?
婆ちゃんに、従兄弟の兄ちゃんの話を聞き、
改めてこの力は恐ろしいと感じた俺。
婆ちゃんの言うままに少し京都でゆっくりすることにし、
その晩は婆ちゃんちに泊まった。
◯登場人物
松岡 修二 23歳
IT企業勤務、システムエンジニア
人付き合いが苦手
急に他人の心の声を聞くことができるようになった。ボリューム調整可能
松岡 真司 20歳
シュウジの弟。既婚。子供がもう少しで生まれる
松岡 京子 51歳
シュウジの母親
倉橋 キヨ 82歳
シュウジの母方の祖母
「まぁでも、ひとつだけは言うとくわ。人間しかできひん悪いこともあるんやけどな。人間しかできひん良いこともあるわ」
なんだそれ、なんか曖昧な言い方だな。
「なんだよ婆ちゃんそれ」
「あとは自分で考えや。あ、シュウジどうするんや。ゆっくりしていくんか?」
「そうだな…まぁせっかくだからゆっくりしようかな。京都観光でも行く?」
俺は軽口を叩いたが、もうすでに仕事にも戻るつもりも無くなっていた。
じっくり。これからどうするかを、じっくり考えていこう。その日、俺は婆ちゃんちに泊まらせてもらった。1週間は居る気はないが、考える時間は少し必要だと思ったからだ。
婆ちゃんちに泊まらせてもらったその夜。俺は寝床で一人、昼間に婆ちゃんが言っていたことを思い出す。
人間にしかできない、良いことと悪いこと。
良いことってなんだ?人助けか。相手の気持ちを思いやるとかそういうことか。自己犠牲の精神というやつか。
逆に悪いこととは。当たり前の日常に飽き飽きして、更に欲望を追求することか。人を蹴落としてまで自分に得になることを追い求めることか。
きっと。俺はこの心の声を聞く力を手に入れなかったとしてもだ。そのうちきっと心は壊れていた。なぜなら俺は人を信用することができなかったからだ。学校の教師も、同級生の連中も、付き合ってきた女も、会社の上司も、会社の同僚も、そして育ててくれた母親も。実の弟でさえも…。
俺は昔から人より考え過ぎるほうだと言われていた。考えなくてもいいことまで考えてしまう。それを賢いと取るか、余分なことと取るかは、その物事によるのだろう。
何も考えず、アホみたいに食べて、飲んで、なんとなく暮らすだけの毎日なら、どんなにか気楽だったろう。
こいつはこの顔の裏で、何を考えているのか。こんな笑顔の裏で、どれだけドス黒いことを考えているのか。そんなことばかり考えて過ごしていたら、そのうちそれが怖くなって、自分が何をしたいのかがどんどんわからなくなっていった。
顔も知らない俺の同世代の誰かが死んだことで手に入った、この能力は。きっと俺のずっと思い描いてきたこの心を。心底から願っていたことを、神様が叶えてくれたんだと俺は思う。
「シンジ…子供生まれたんだっけ?」
俺は一人、暗闇の部屋の中でつぶやいた。確か今年に生まれる予定だとか母親が言っていた気がする。たまに少ない言葉のやり取りしかしないから忘れてしまったが、生まれてくる子は、男の子と言っていた。
『男の子でよかった』
そう言ってたっけ。男の子で何が良かったんだろう。女の子ならダメだったのか?そもそも、シンジの奥さんてどんな女だったっけ。結婚式とかも挙げてなかったと思うから余計にわからない。
まぁいい。とりあえず仕事を辞めないとな。仕事をしていては自由に動くこともできない。仕事しなくてもいいようにするにはまとまった金が必要だな。手っ取り早いのは博打か。心の声を読む能力を最大限に活用することのできる博打。
金を手に入れたあとは、人だな。人を手に入れるのは金の力と、あとは知恵を活用しよう。人を動かすのはソイツが何を求めているかわかるのが先決だ。
俺は…何を考えているんだろう。俺は、何をしたいんだろう。寝る前にひとつ、弟にメールを送った。
『お前の子供、なんて名前だっけ?』
俺に目覚めた力について思いを馳せている途中に
ふと思い出した弟の子供のこと。
性別は男の子だっけ?
名前はなんだったっけ?
『男の子でよかった』そんなことを言っていた気がするが、それを誰が言ったのかは思い出せない。




