恐ろしい生き物
婆ちゃんちで、俺に急に降って湧いた力のことを聞いた。
そして「何もするな」という婆ちゃん。
俺は口には出さなかったが、俺の中で徐々に芽生えていっている、どす黒いものを、すでに抑えることができないでいた。
◯登場人物
松岡 修二 23歳
IT企業勤務、システムエンジニア
人付き合いが苦手
急に他人の心の声を聞くことができるようになった。ボリューム調整可能
松岡 真司 20歳
シュウジの弟。既婚。子供がもう少しで生まれる
松岡 京子 51歳
シュウジの母親
倉橋 キヨ 82歳
シュウジの母方の祖母
「婆ちゃん。俺はこれからどうしたらいいと思う?こんなこと聞くのもなんなんだけど」
「何もせんほうがええ」
え。
「金もうけやったり、何か悪いことをしようとしたり、そんなんはもちろんやけどな。人のためとか、良いことのためにその力を使った場合でも、きっといいことはないわ。まぁ…どうするかはお前次第やけどな」
婆ちゃんは少し淋しい顔をしていた。まぁ、そりゃさっき聞いたみたいな、悪い考えを持つ人間に目を付けられたらヤバいことになるのは目に見えている。
ただ…ただ、せっかくこんな凄い力を手に入れたのに、何もしないというのはな…。
「シュウジ。お前は金に困っているんか?」
婆ちゃんは俺が考えていることを見透かすように聞いてきた。
「え?いや、金には別に困ってないよ。あ、そうだ。その婆ちゃんの従兄弟の力を持っていた、って人はどうなったの?」
さっき少し気になっていたことを聞いた。
「聞いてもどうしようもないと思うけど聞くか?」
どういうことだ。俺はよくわからなかったが、無言で先を促した。
「どうなったってことよりも、従兄弟がどんなやつやったか先に話しとくわ。ワシより5つくらい上やったかな。カッコよくて強くて、優しかったな。ワシが悪ガキにイジメられたりしてても、いつも守ってくれたわ」
え、ノロケですか。そんな話は別に聞きたくないんだけどな。
「まぁ、今どきではあまり見かけへんような、正義感の強い兄ちゃんやったな。ワシは結婚はだいぶ遅くて、見合い結婚やったんやけどな。京ちゃん、お前の母親はワシが30を超えたころに生まれた子供やった」
ん、なんかわからんけど、母親の話が出てくるのか。
「もうその頃には従兄弟の兄ちゃんは近くには住んでなかったんやけどな、確か仕事の事情で東京行くいうてたと思うんやけど、たまーにこっちに帰ってはきてたんや」
まぁ、仕事の転勤とかで離れることはあるわな。
「年に1回くらい帰ってきとったんやけどな。いつからか帰ってくるたびに、顔つきが変わっとった。元々は男前やったんやで、それがまぁ、男前なんは男前なんやけど、目つきがちゃうというか、人を信じれなくなったような感じっちゅうのか…」
それって…。
「さっきお前に話したようなことは、兄ちゃんからもなんとなくは聞いてたんよ。兄ちゃんも、兄ちゃんの婆ちゃんからの受け売りやったらしいんやけどな。その年々変わっていく兄ちゃんから聞いたんは、また違う話やったな」
俺は、何も言えなくなって黙って婆ちゃんの話を聞いた。
「人間は恐ろしい生き物や、言うとったわ。自分に与えられてるものだけで満足せんと、常に何かを求め続ける生き物や、て。まぁそんな喋ることも少なくなってたし、ワシも家族おったからずっと兄ちゃんと喋ってたわけちゃうかったけどな」
「その、従兄弟の兄ちゃんって。何をしてたのかは聞いたの?」
俺は一番気になることを聞いた。
「いや、ワシも聞かんかったし、兄ちゃんも言えなかったんちゃうかな。あ、ほんでいつの間にか帰ってもこなくなったな」
「えーと…それって」
「行方不明らしいわ。死んだかどうかもわからん。まぁ、間違いなく死んでると思うけどな」
婆ちゃんの言う通りだった。聞いてもどうしようもないし、むしろ聞かないほうがよかったような。いや、婆ちゃんがそれを話したのはワザとか。俺を抑制させるために。
「まぁ、別にそうやからって、シュウジは好きなように生きたらええと思うで。ワシが何を言ったところでしゃあないやろ」
婆ちゃんは、俺がきっと何かをしようとしてることは気づいたんだろう。
「婆ちゃん…」
「まぁでも、ひとつだけは言うとくわ。人間しかできひん悪いこともあるんやけどな。人間しかできひん良いこともあるわ」
なんだそれ、なんか曖昧な言い方だな。
「なんだよ婆ちゃんそれ」
「あとは自分で考えや。あ、シュウジどうするんや。ゆっくりしていくんか?」
「そうだな…まぁせっかくだからゆっくりしようかな。京都観光でも行く?」
俺は軽口を叩いたが、もうすでに仕事にも戻るつもりも無くなっていた。
じっくり。これからどうするかを、じっくり考えていこう。
婆ちゃんの従兄弟の兄ちゃんの話を聞いた俺。
人間は恐ろしい生き物だと言った兄ちゃん。
あぁ、そうだと俺は思った。
人間は恐ろしい。
その恐ろしさを、俺は知りたいと思った。




