「懐中」
ごめん。これ残酷描写ありにした方が良かったわ。咲夜推しは閲覧注意
翌朝、紅魔館はいつも通りだった。
霧は薄く、
館は静かで、
時計の音だけが響いている。
なんとも言われぬ、嫌な予感を抱いたまま門をくぐった。
「……」
呼びかけても、返事はない。
大広間のテーブルには、紅茶が三つ。
一つは、完全に冷めていた。
「……咲夜?」
返事はない。
二階。
廊下。
最上階。
咲夜の部屋の扉は、閉まっていた。
「……」
部屋の中は、整っていた。
ベッドは直され、
制服は畳まれ、
ナイフは、一本も出ていない。
――完璧すぎる。
理解してしまった。
「……これは……」
机の上に、懐中時計が置かれていた。
止まっている。
だが、壊れてはいない。
歯を食いしばる。
「……いなくなった、だけか?」
そうでないことは分かっている。
静かに。
「役目を、終わらせた」
紅魔館の中を回っても、
咲夜の姿は、どこにもなかった。
代わりに、
“仕えていた痕跡”だけが、完璧に残っている。
紅茶の味。
掃除の行き届いた廊下。
止まった時計。
すべてが、
「ここに主がいた」という事実を、
否定しないための配置だった。
掌に、爪が食い込む。
……これは、抗議だ。
顔を上げる。
忘却に対する。
幻想郷に対する。
そして。
一瞬、息が詰まる。
「自分だけが残されることへの、拒絶だ」
咲夜は、人間だった。
忘れられない。
消えない。
最後まで、残る。
――だから、
残らないことを選んだ。
それが、
あいつなりの“忠誠”だった。
昨日、紅魔館を出るとき、なんとなく気づいていた。
明日来ても、もう咲夜はもうここにはいないだろうと。
あいつが死ぬときは、もっとかっこいいものだと思っていた。
レミリアを守って、かっこよく死ぬんだと。
敵の渾身の一撃を、身を挺して守る。そんな死に方だろうと、勝手に思っていた。
だから、思いもしなかった。あいつの命を奪うのが、こんな一本のロープだとは。
「あのバカ…!」
振るった拳が霧を切った。
麻のロープを手に、箒にまたがる。
さっきまで、一人のメイドの首をくくっていた、一本のロープを。
その日から、
紅魔館の時計は動かなくなった。
誰も直さない。
直す意味が、
もう存在しないから。




