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パチパチと焚火が爆ぜる音がする。しかし音らしき音などそれだけだ。
ぐるぐる巻きにされて狭い桐の箱に詰められた私は、身じろぎひとつできないまま、真っ暗な空間で目だけを動かして辺りをうかがっていた。
大ホールでの断罪シーンからどれほどの時間が経っただろう。昼に近い時間に捕らえられたはずなので、そろそろ日暮れ時だろうか。
一人になり、暗闇のなかに放置された私は、ただひたすらにこの一連の出来事について考えた。
ホールで自覚するまで、私は確かに清華侯爵家令嬢、薫子としての記憶がある。
自我が芽生えてからずっと、由緒ある貴族の家で何不自由なく暮らしていたはずだ。物心つくとすぐに一族の中でも強い神力を秘めていることが判明し、すぐさま同い年の東宮・照宮殿下の婚約者候補となった。
扶桑皇国は最高位の神官である皇帝と、神力の強さで選ばれた位階第一位の巫女である皇后が、祈りによって神の加護を得て栄える国だ。強い神力を秘める女児は巫女候補として大切に育てられる。私は同年代の中でもとびきりの神力の持ち主だった。
それから十数年。日々の修行と才能から着実に神力を伸ばした私は大学院入学前に照宮殿下の正式な婚約者となった。大学院を修了した後は皇国の第一巫女となり、殿下を支える妃の務めを果たすことになっていたのに。
それをあの女が台無しにした。
古松川蘭の顔を思い出すと、はらわたが煮えくり返るほどの怒りが湧いてくる。
地方の神社の娘だか何だか知らないが、入学と同時に照宮殿下や本庄先生、西宮公爵家の秀幸様達に次々に接触し、いつの間にか彼らは全て蘭の周りを彩る花となったのだ。
はじめは相手にしていなかった殿下も、蘭の仕組む偶然を装った出来事を繰り返されるうち、どんどん情が移ってしまったらしい。田舎の出のくせに神力もそこそこ強く、教師陣にも修行や勉強をしている姿をアピールしていた彼女はあっという間に大学院でも好成績を獲るようになった。
するとそれまでこの国の次期第一巫女と目されていたはずの私の取り巻きは徐々に減り出し、学友たちは蘭の近くへと流れて行った。あの田舎娘になんとかして身分を弁えて欲しくて、いろいろと手を出したことは認める。
が、そのあたりの記憶になると途端に視点が客観的になった。
様々な嫌がらせを「ほうほう、また無駄なことを」とあしらっている自分――つまり華鳥風月の祈りという乙女ゲーを「蘭」としてプレイしている私の視点になったのだ。
その私というのが、清瀬薫という社畜保育士である。
二十五歳、独身。芙蓉保育園で働くゼロ歳児担当で、かおるセンセ―という呼ばれ方が耳に馴染んでいる。もちろんゼロ歳児たちがそう呼んでくれるわけではないが。
朝から晩まで保育園で働き、くたくたになって帰宅する私の楽しみが華鳥風月の祈りである。
薫としての記憶を辿れば、確かに夜道を歩きながらダウンロードコンテンツをプレイするのをひたすらに楽しみにしていたことが思い出される。帰宅し、ゲームのアップデートを待つ間にシャワーでも、とアパートの浴室にいったところまでは覚えていた。
が、その後の記憶はさっぱりだ。
ゲームを起動できたのかも分からないし、アップデートされた世界で照宮殿下から新攻略対象である神様と出会うルートの選択肢を見た覚えもない。
薫としての記憶はそこから消え、薫子の人生の記憶と交ざってしまっているのだ。
「こんな異世界転生、アニメとか漫画じゃないんだから……」
あるわけない、と言いたいところだけれど実際に私がここにいる。信じられない気持ちもあるが信じないわけにもいかないし、異世界転生したのだとしたらどうにかしてここから脱出しないとゲームのストーリー通り人柱として死ななくてはいけなくなる。
新たに配信された華鳥風月のダウンロードコンテンツは隠しキャラのルートだ。これはゲーム内屈指の神力を持つ悪役令嬢――つまり私、清華薫子を荒ぶる魔神にささげることで解放される。
攻略情報にもその後の薫子について言及されておらず、魔神がどんなキャラなのかもわからない。ただ事前のティザー動画ではシルエットだけが公開されていた。
乙女ゲーだけあって、しゅっとしたスタイルのキャラばかりいるゲームである。ぼさぼさの長い髪が無造作に広がったようなシルエットは、その魔神が決して攻略対象ではないといわんばかりだった。
ということは、薫子はやはり食われでもして神力を奪われ、死んでしまうスト―リーが用意されているのだろう。
魔人のシルエットを思い出した私の体がびくりと震える。その動きに、体を縛った縄がぎちりと音を立てた。
せっかく廃プレイをしていたゲーム内にいるというのに、時間もお金も貢ぎまくった照宮殿下から捨てられるなんていやすぎる。そもそもなんで捨てられる側の悪役令嬢になんてなっているんだ。私がなりたくて、私が育てていたのはヒロインである蘭のほうなのに。
しかし私の中にははっきりと薫子の記憶が残っている。薫である記憶や意識と混ざり合い、蘭のことを考えると憎々しい気持ちがわいて止まらない。
そもそもよ?
なんで国一番の神力がある私を人柱にするのよ。
照宮殿下って蘭のステータスを極限まで優秀にしないと靡かない、超絶難易度のキャラじゃなかった? 攻略に必須のイベントの出現頻度もランダムで、廃プレイしていた私だって何度も照宮エンドをクリアできたわけじゃない。
薫子の記憶の中にいる蘭は首席をとったということもなければ、神力の試験でさえ私を抜いたことがなかったはずだ。それなのにどうして。




