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「……どゆこと?」
混乱を極めた私の脳内には、「異世界転生」というワードがちかちかと点滅していた。
いや待って。ちょっと待って。
ここが華鳥風雪の世界だとして、私、元の世界で死んじゃったってこと? 前触れもなく? でゲーム内に転生? ありえなくない? 百歩譲って転生したとして、蘭の方になってないのはどうして?
頬をつねる私に、頭でもおかしくなったかと怪訝な表情を向けているのは檀上のヒロイン、古松川蘭である。
私がゲームで操作していたのは、確かにヒロインである彼女だった。乙女ゲーム内ではプレイヤーの化身でもあるヒロインは顔を表示されないというルールがある。それなのに、今目の前にいる彼女には顔があった。
栗色に近い色をしたつややかで長い髪、ちょっと日に焼けた健康的な肌に真っ黒でくりくりした瞳。
華鳥風月のヒロインはプレイヤーによるキャラデザができないタイプのキャラだったけれど、乙女ゲームのヒロインにふさわしい愛らしい容姿をしている。
しかし彼女の顔が見える。ということは、私とは別の人物であるということだ。
私は自分の着ている紫色の着物の袖を持ち上げた。そしてその柄を見て息を飲んだ。
この柄も良く知っている。が、ショップでヒロインが購入できるものではなく、ゲーム中で着ることなんてできない代物だったのだ。
紫色は扶桑皇国という国では高貴な色とされている。この柄、この色を着ることができるのは、皇国の中でも特別に身分の高い皇族やそれに準ずる貴族のみ。田舎の出であるヒロインは髪飾り一つとってもこの色を身に着けることはできない。
ゲーム中、この色と柄の着物を着ていた女性キャラはただ一人である。
和風の高飛車を絵に描いたような、いや実際描かれているんだけど、ハーフアップにした長い黒髪に紫色の綺麗なリボンをつけて、腰に手を当て高笑いする感じの。
「なんで、私、蘭のライバルの悪役令嬢になってんの……?」
転生するならプレイヤーキャラのヒロインじゃないの? どうしてこの悪役キャラに? というか、大学院の修了式でこのシーンってことは、この後の薫子がどうなるかなんて何度もプレイしているからよく知っている。
清華薫子は皇国でも一、二を争うほど強い神力の持ち主だ。しかし性根が清らかではなくヒロインを苛め抜いた薫子は、東宮妃となることができず、その神力をもって荒ぶる神を鎮めるため百年に一度の人柱にされるのだ。
待って。ちょっと待って。そんなの今思い出したくなかった。婚約破棄を言い渡されてるから、人柱に命じられるのなんてこの後すぐのエピソードじゃないか。
「ちょ……、やだなにこれえ……」
私は頭を抱えてその場にうずくまった。
可能ならばこの場から走って逃げだしたい。
荒ぶる魔神にささげられた後の薫子がどうなったかなんて、ゲーム情報には何も記載がなかった。そもそもその荒ぶる魔神はシルエットしか公式に発表がなかったはずだ。でも人柱にされるということは、つまり死ねということなんだろう。
逃げよう。そう判断するも遅かった。
「東宮照宮の名において命じる。その女を捉えよ。その強すぎる神力はこの先皇国に災いをなさんとも限らない。折しも今年は荒魂となった月夜神へ貢物をささげる年である。よって、その女を神へささげるものとする」
婚約破棄の宣言より高らかに、照宮が言い放つ。するといつの間に配備されていたのかわからないけれど、するすると歩み寄ってきた衛兵たちに私はすっかり取り囲まれてしまったのだ。
「ご無礼いたします、薫子嬢」
「や、やめて!」
「東宮のご命令にございます。お静かに」
「照宮殿下! 殿下! 私の話を――!」
後ろ手に縄をかけられながら、私は壇上に立つ照宮殿下に叫んだ。
東宮である照宮はゲーム中で最高難易度を誇る攻略対象だった。彼を攻略したくて、さんざん時間を費やしたし課金アイテムにもつぎ込んだ。特殊スチルを集めた先に開放される、結婚エピソードのボイスドラマに耳を蕩けさせられた。そんな思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
しかし壇上の彼はゲーム内で見せた甘い笑顔などみじんも浮かべておらず、氷のように冷たい視線をこちらに向けるだけだ。
「お前のその無駄に強い神力に使い道があって良かった。この国も平穏を守るため、死んでくれ」
「殿下あああ!」
必死の叫びも大ホールにはむなしく響く。照宮殿下をはじめとする攻略対象の男性たちはそれから私を一顧だにせず、扉から退室してしまったのだった。




