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婚約破棄された悪役令嬢は荒神様の生贄になる~旦那様、お願いです。私だけを食べてください~  作者: あおいかずき
一章 The engagement breakup and reincarnation happen suddenly.

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3ー3

 うずくまるように倒れこんだ月夜神に、私は何も言うことができないまま立ち尽くしていた。

 どうしよう。

 何か具合が悪そうだということは分かる。ただそれが、身体的なものなのか精神的なものなのか、あるいは神様特有の何かなのかはさっぱりだ。

 しかし意識を失ってしまったのか、うつぶせたまま動きもしないのでは、願いを伝えることもままならない。

 とりあえずハチロウを呼んで聞いてみようか、と思ったところで私の手がピクリと動いて、そのまま止まった。出そうと思っていた言葉を飲み込む。

 これは、ひょっとしたら何かのチャンスなんじゃないかと思ってしまったのだ。

 この屋敷を作っている神様の力が弱まっているならば、私がみこをつれて逃げ出すことができるのではないか、と。

 でもそれは無謀な賭けだろう。いやいやいや、と私は首を横に振ってそのアイデアを振り払った。

 だってここがどこかもわからない。ハチロウが道案内をしてくれるかといえば難しいだろう。これまでかなりのわがままを聞いてくれているハチロウだって、ここから出たいという願いだけは頑として首を縦に振らなかった。

 今回だって本当は満月でもないのに主を呼びつけるのは気が進まないようだった。伏せた耳を見たときは主が怖いのかなと思ったけれど、こうなることを予想していたのだろうか。

 ではどうする。

 どうしたらいい? 

 そこで私は、「夫」のことを何一つ知らないことに気が付いたのだ。

 いつもだってそんなに言葉を交わすわけじゃない、いやむしろ有無を言わさず噛みつかれて血とともに神力を奪われるだけだった。この人、いやこの神様が傍若無人であることくらいしかわからない。何を考えているかもわからないし、満月の夜に訪問してきたってどうせ理性が飛びかけてて会話もできないのだと思っていた。

 そりゃ教科書的な知識はある。薫子の記憶の中に、夜の神様だとか、月の神様だとかいう情報はある。けれどそのくらいのものだ。薫の記憶であれば、彼がダウンロードコンテンツのストーリーを進めるための、一つの要素であるということくらい。

 では「私」の記憶ではどうだ。

 命は助かったけれど勝手にこんなところに連れてこられ、屋敷の敷地からは出ることを許されずほぼ幽閉状態にされ、月一だとはいえ血と神力を気絶するほどに吸われ。

 ぼさぼさの髪のわりに顔は圧倒的に美しい。体が大きく、声が低く、金色の目で見つめられれば射すくめられたように動けなくなる。

 考えてみたら、見える部分しか知らない。が、到底好きにはなれないと思っていた。

 今夜だって急な呼び出しに応じてくれたのは意外だったけれど、代わりにきっと神力を限界まで吸われてしまうんだろうなと思っていた。彼にとってみれば私なんてどうせ食料なのだから。

 一度極限まで失われた神力は回復にも時間を要する。毎回私が気絶した後、起き上がれるようになるのは昼近くなってからだ。鍛えているとはいえ本当はしんどい。吸われなくて済むならそのほうがいい。

 このくらい弱っているなら、無理やりがぶりとやられる心配はなさそうだ。時間はかかるかもしれないけれど、起きて話ができるようになるまで待っていようか。

 そう思った時だ。

 うう、と月夜神がまた呻いたのだ。

 一度倒れこんでから息遣いが少し落ち着いていたのが、またはあはあと苦しそうになっている。その音は、放置しておこうと思うには刺激が強い。こちらの罪悪感を、ひしひしと募らせる効果があった。


「……理性が飛ぶほどの荒れたメンタルを鎮められるなら、体調不良にも効いたりする、かな……」


 極限まで吸われるのはきついけど、みこにするみたいに分けてあげるくらいなら大丈夫かな。

 だ、だって、話もできないままじゃ困るし。

 今夜はみこの件をどうしても伝えて、現世に返してもらわないといけないわけだし。

 こんな苦しそうなら朝まで待っても話できないままかもしれないし。

 ちょっとだけなら。

 頭のなかで自分へさんざん言い訳を並べながら、私はその場に膝をついた。うつぶせて背を丸める月夜神の肩に手を回し、そうっと体を寄り添わせる。みこになら「抱っこ」という方法を使えるけれど、今日は相手が大きすぎた。

 そしてそのまま少し瞑想しながら、守りの護符に神力を籠める呪文を口にする。ごく、ごく、小さな声で。これならそれほど多くの力を吸われずに、こちらでコントロールしながら神力を分けられるはずだ。

 私はじわりと温かくなっていく手のひらの熱を感じながら、そのまま呪文を繰り返した。

 それからどのくらい時間が経っただろう。ほんの数分な気もするが、一刻以上そうしていたような気もする。

 私の腕の中で、もそりと月夜神が動いた。目を覚ましたかとそれまで彼の体に沿わせていた腕を離す。伏せた顔の下から、くぐもった声とともにあくびのような音がした。

 しまった。もう少し早く離れておくんだったと後悔したが遅い。ささっとその場で正座をして取り繕おうとしたところで、月夜神の両腕に力が入ったのが分かった。


「ん、いつの間に……寝ていた……?」


 そう言いながらぼさぼさの髪をゆらし顔を上げた月夜神は、目の前に私の姿を認めると心底驚いたように目を丸くする。

 私の方も言葉に詰まって、ただ背筋だけをぴんと伸ばした。


「お、お前、いつからそこに……?」

「え、えっと……! 旦那様が、いらしてすぐに……!」


 月夜神はきょろきょろとあたりを見渡し、拝殿の中ではないのを理解したのだろう。苦虫をかみつぶしたように顔をしかめた。小さく舌打ちをした音がすると、おもむろに髪に手を突っ込み、ぼりぼりと搔き始める。

 舌打ちの音に心臓がきゅっと縮み上がるが、どうやら拝殿で待っていなかった私に対するものではないらしい。


「部屋に上がる前に我はここで寝ていたということか……。社の中で休まなかったというのに、それにしては体が軽いのはどういう……」


 ちらりとこちらを見る月夜神と目が合った。月の明かりがない夜に見る金色の瞳は、いつもの狂暴そうな光は鳴りを潜めている。いやむしろ理知的な、落ち着いた様子に見えるほどだ。

 そうか、と月夜神はため息をついた。


「お前、我に神力を分け与えたな。先の満月よりまだ日も浅い。どうしてそんな無理を」

「い、いえ。無理という無理は……」

「いくらお前が現世の皇后に匹敵する巫女だとしても、我が吸いつくした神力が半月かそこらで戻るはずもないだろう」

「や、ほんとに! ほんとにそこまで無理はしてないんですって! あんまりお苦しそうだったんで、ほんの少しだけ、お分けしたというかなんというか」


 こちらを気遣う言葉に思わず調子が狂う。いつもなら有無を言わさず勝手に吸いつくしていくくせに、どうしてそんな配慮あることを言うのだろう。まるで別人のような月夜神の様子に、私の方も口調が乱れた。

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