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婚約破棄された悪役令嬢は荒神様の生贄になる~旦那様、お願いです。私だけを食べてください~  作者: あおいかずき
一章 The engagement breakup and reincarnation happen suddenly.

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13/16

2ー6

 雲もない夜の空に、煌々と輝く満月が上っているのだろう。拝殿の中央に座る私から空は見えないけれど、月明かりが照らす外の景色はひどく明るいが色彩はない。開け放たれた戸の向こうは、白と黒で描かれた水墨画みたいな非現実的な世界が広がっていた。

 しかし美しいモノクロの世界に見惚れていられる時間は短かった。

 戸口から大きく小山のような黒い影が、のそりと拝殿へ上がってきたのだ。その瞬間、室内の温度がすうっと冷えていくような錯覚を覚えた。

 自然と背筋が伸びるが、肩は勝手に持ち上がり肘が痛いほど脇腹に食い込む。身を正しておきたいのに、縮こまって隠れたい。そんな相反する気持ちが湧くのは、腹の底からせり上がってくる恐怖のせいだろう。

 そんな私の葛藤に気づく様子もなく、影は一歩一歩室内へと侵入してきた。一塊の黒いものに見えていたものは、近づくにつれて全貌が露になってくる。ぼさぼさの長い黒髪で、上から下まで真っ黒な衣を着ている男性だと分かったのは、月の灯りが届かない室内で手を伸ばせば届くほどの距離まで近づかれてからだった。

 目を逸らすこともできないまま私は男をじっと見つめた。顔の部分は半分ほど黒い髪で覆われていたが、その隙間から見える肌の色も色素が濃い。その中央にあるぎょろりと大きな、金色の二つの目が私の方を向いた。

 

「……ひっ」

 

 眼光に射抜かれた瞬間、刺激しないでおきたい私の意思とは無関係にのどが鳴った。

 しかし男――これが月夜神だというのなら、きっと今の私の立場から言えば旦那様というのが正しいのだろう。その旦那様は私が漏らした悲鳴など意にも介さぬように、私の顎に指を這わせた。

 くいっと上を向かされ、目を合わせると歯の根が合わないほど体が震えてくる。食われて死ぬわけじゃない、そうはわかっていても人ならざるものと相対するというのはこれほどまでに恐ろしいものか。

 しかし怖くてたまらないのに目をそらすことができない。糸で縫い留められたように体も後ずさることもできない。

 じっと見つめる金色の目は暗がりなのに異様にぎらついていて、その内に秘めた昂ぶりが出口を求めて暴れているようだ。

 拝殿に吹き込む風によって運ばれる、甘やかな香りに緊張もあってか頭がくらくらしてくる。

 

「……あ、あのっ!」

 

 たまらず私は声を上げた。

 いつまで続くともしれないこの緊迫感と恐怖に耐えられなくなった。しかし声を上げてどうしようという考えがあったわけではない。

 ただ拝殿を満たす沈黙が破られると、それまでゆっくりとした動きしか見せなかった月夜神がおもむろに私の着物の襟を引き広げた。がばっと開いたところから、夜風がひんやりと肌をなでる。

 ぞくりとした寒気がした。

 と、思った時だった。


 首筋に鋭い痛みが走ったのだ。


 え、と疑問を呈する暇もない。歯を立てられていると気が付いたのは、ぼさぼさの髪に覆われた頭が顔のすぐ隣にあったからだ。

 

「あ! あの!!」

「……お前の神力は、強くて美味い。これなら、俺も」

「え? あ、え? 神力をささげるって……!?」

「馳走になる」

 

 低い、くぐもった声が耳をかすめる。そしてじゅるりと液体をすする音とともに、全身から力が抜けていくのが分かった。

 馳走になるって、それごちそうになりますってこと? いただきますってこと? もしかして、血ごと神力吸ってる? これじゃ吸血鬼じゃない!

 私の脳裏には薫時代に見た、いわゆる十字架とニンニクが大嫌いな血色の悪い男の姿が浮かんだ。が、それも刹那のことだった。

 勢いよく神力を吸われた私の意識は秒ももたなかった。日頃の筋トレも瞑想の効果もあったもんじゃなく、あっという間に目を回して気を失ってしまったのだった。

 

 ★

 

「お待ちくださいませ!」

 

 からからに乾いた喉の奥から大きな声が飛び出た。その声にびっくりして目を開けると、ぐるんといつだったかのように世界がゆがんで回転した。

 まるで二日酔いだ。天井の一枚板にはきれいな木目が見えるはずだけれど、その模様が余計に私の視界をゆがませているようだった。

 

「おお、薫子殿。お目覚めですかな」

 

 枕元でハチロウの声がする。すぐ近くでは「あば」「ばあ」とかご機嫌な様子のみこの声も。

 よかった。見つかってなかったらしい。横を見ればかわいいぷくぷくのほっぺと、小さなもみじのような手がそばにあった。ほっとするとまたぐるんと私の視界がゆがむ。

 

「目が、まわる……」

 

 素直に今の状況を口にすると、でしょうなあとのんきにハチロウが相槌を打ってきた。

 

「満月の夜は我が主も理性を保とうと相当に消耗しておいででしょう。薫子殿の神力を置捧げいただくのは、主にとって月に一度のお食事のようなものです。しかも薫子殿の神力はまれにみるお強さですから、主もずいぶんと性急にことをなされたご様子」

「ことを、なす……?」

「神力をお体に取り込むことですよ。わずかな血液とともに吸い取るのが、一番効率が良いようなのですが――」

 

 まあ、とハチロウが鼻を鳴らす。

 

「それで、その御様子ですと、御子様の件は……?」

「いえる暇があったと思う? しかも私が神力吸われて耐えられないほどなのよ。みこ見に気が付かれたら、命ごと吸われちゃうわ」

 

 会話もないまま吸血されて、思いっきり神力吸われて気を失ったのだ。みこのことはおろか、自己紹介もできなかった。いや、初対面なんだからまずは天気の話でもしてなごんだりするべきだろうに。

 

「まあ、またひと月すればおいでになります。その時こそはお話を」

「その前に」

 

 私は天井を仰ぎながらこぶしを握った。

 

「今度は気絶しない。吸い取られても耐えられるくらい神力を高めてやるわ!」

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