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ただし日中の昼寝となると夜の睡眠よりはるかに眠りが浅い。
断続的にみる夢は華鳥風月の薫子の記憶がもとになっているものだったり、現実世界の薫の記憶のものだったり、それらが混ざり合っていたりで統一性はなかった。ただ穏やかに微笑む照宮殿下の姿が現れれば恋しさに胸が詰まり、殿下にしなだれかかる蘭の姿が現れれば悔しい気持ちでいっぱいになった。
裏切られた、乗り換えられたというのは確かなのだろう。けれど薫時代に廃課金して貢いだ最推しを、奪われたままというのは我慢ならない。
何とかしてもう一度殿下に会いたい。実力で第一巫女の座を勝ち取り、殿下の隣からあの女を蹴落としたい。そしてもう一度殿下のとろけるような微笑みを拝みたい。そして――。
そして、どうしよう。
胸の中にぽっかりと空洞ができたようだった。
「……どうしたい?」
口の中で呟いた声は確かな音になって耳に伝わる。それが刺激となったのだろう。私の意識は不意に覚醒した。
「おお、お目覚めですかな、薫子殿」
「……ハチロウ」
ゆっくりと目を開けると、獣姿のハチロウが掛布団をみこにかけ直そうとしているのが見えた。私が起きたのが分かると、ささ、と言って枕元の急須と湯飲みを指し示す。
「お茶を淹れてございます。我が主へ神力をお捧げになってまだ一晩。まだお力がお戻りでなかったのでしょう。随分と弱っておいでのようだ」
「神力、分かるの?」
「当然でございますよ。我は主の眷属で嫁御寮の御世話役。ひとまずは温かいものをおなかにいれてくだされ」
「ありがと……」
「それと、何もお伺いせずにお食事をお出しして申し訳ございませんでした……」
眠る前に比べれば手足が各段に軽い。よっぽど私、疲れたのだろうか。
起き上がり湯飲みに手を伸ばした私に、ハチロウはしょんぼりと頭を下げた。
「何よ、今更」
「おっしゃる通りにございます……。既に我が主にも神力をご提供いただき、嫁入りもされたのだからと一人で合点し、早計だったと深く反省しております……」
「……まあ、元の世界に帰ったって、今は行くところがあるわけじゃないんだけど……さ。まだやりたいこともあるし、もう戻れないと思うと、それはそれでびっくりしたというか、なんというか……」
夢の中で照宮殿下に会いたい、蘭を蹴落としたいと思いはしたものの、その後のことが思い浮かばなかったことで私は語尾を濁した。帰りたいとは思ったものの、じゃあこの先どうしたいのかと言えば、これといって展望はないのかもしれない。
「いえ、全くお戻りになれなくなるわけではございません。主のお許しが得られれば、一時的ではございますが現世にお出かけになることもできます。御子様をお戻しになる際には、薫子殿もあちらへおいでになることができましょう」
「……許し? あの、月夜神様だっけ? 魔神――いや、荒神? そういう神様の?」
「月夜神様、でございます。魔神だとか荒神だとか、御不敬も大概になさいませ」
「あ、すいません……」
謝罪の姿勢を取っていたというのにハチロウは目を吊り上げた。自分の落ち度と、主への言動は別物という切り分けははっきりしているらしい。
でもいいことを聞いた。
こっちの食事を食べても、全く帰れないわけじゃないのならそれはそれで都合がいい。
「じゃあさ、次に月夜神様がいらしたら、お願いしてみるわ。みこと私をあっちの世界に行かせてって」
「それがよろしゅうございましょう。ただお気を付けください」
「ん?」
「昨日も申し上げましたが、我が主がこちらにおいでの際は、月の力で相当に昂っていらっしゃるでしょう。薫子殿の神力で理性を取り戻していただく前に御子様が見つかれば、その命ごと奪っておしまいになるやもしれませぬ」
そうだった。
荒ぶる魔神を人柱の神力で落ち着かせるため、私がこちらに連れてこられたのだった。
ぎらぎら光る金色の瞳を思い出すと、背筋にぞっと悪寒が走る。暗くてよく見えなかったけど、あんなぼさぼさシルエットの神様だ。きっと顔も性格も粗暴だったりするんだろう。
これは慎重にお願いをするタイミングを計らねばならない。
「分かったわ。次の満月までにしっかり私の神力を高めて、思う存分捧げさせていただだいて、それからお願いをすればいいわけね」
「我が主はお優しいお方にございます。理性が保たれておられれば、きっと薫子殿のお願いもお聞き届けくださいますとも」
よし。
私は拳を握る。ひとまずは体力回復、神力回復に努めなきゃ。なによりみこをもとの世界の母親のところに返してあげるのが先決である。
そう決めてみこを振りかえると、当の赤子はすやすやと小さな寝息を立てて天使のような顔で眠っていたのだった。




