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婚約破棄された悪役令嬢は荒神様の生贄になる~旦那様、お願いです。私だけを食べてください~  作者: あおいかずき
一章 The engagement breakup and reincarnation happen suddenly.

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10/13

2ー3

 痛いやら、もう帰れないと悲しくなるやらで訳が分からなくなり、じわりと視界がにじみ始める。

 迂闊だった。いくらおなかがすいていたからって、何の警戒もなしに出された食事を食べちゃうなんて。

 古今東西、この世じゃないところでものを食べたら「帰れなくなる」なんて定番じゃないか。

 自分の迂闊さと情けなさ、そして最推しであり元婚約者である照宮殿下にもう会えない、実家の侯爵家へも帰れないという悲しさ、切なさで私の両目からはぼろぼろと涙がこぼれ始めた。

 

「か、薫子殿?」

「うっ……うう……うる……っさいわよ、この犬っころ……! よくもっ」

「お待ちください、我は犬ではなく月狼族だと――」

「そんなことどうだっていいわよ! なんで食べる前に一言言わないのよ!」

「えええ……」

 

 みこを抱いたまま私はハチロウを怒鳴りつけた。おなかの奥から腹立たしさがわいてきて、喉が焼け付くように熱くなる。

 なんで私がこんな目に合わないといけないんだろう。

 どうして見ず知らずの子の世話の心配をしなきゃいけないんだろう。

 いきなり人外に食われるかもという恐怖を味わわされ、勝手に嫁だのなんだのって言われなきゃいけないんだろう。

 自業自得という部分は思考の外に追いやって、ただひたすらに湧き上がる感情を吐き出したくなる。目の前にいるハチロウは、激昂する私に耳を伏せて目をそらした。その白々しい態度がますます腹立たしくて、口汚くののしりたくなるのを必死にこらえる。

 さすがに八つ当たりだ。わかってる。わかってるけど。

 熱く渦巻く何かが喉からせりあがってくるのを我慢できなくなったころだった。

 ぎゃあんと腕のなかでみこが雄たけびを上げたのだ。

 

 その瞬間、目の前の景色がぬるりと回転したような錯覚に襲われた。眩暈か、と身構えたけど膝からも力が抜ける。いや、膝どころではない。体中のいたるところに力が入らなくなる。もちろん腕からもだ。大きく態勢を崩した私の腕の隙間から、みこのお尻が抜けていきかけた。

 

「あぶない!」

 

 異変に気付いたのか、それまで耳を伏せていたハチロウは体を私の腕の下にねじ込んだ。咄嗟のこととはいえ助かった。いくら下に布団が敷いてあるとはいえ、成人女性の腕の高さから赤ちゃんを落としていいわけがない。

 いまだぎゃんぎゃん泣きわめくみこを抱く腕にありったけの力を込めて保持し、私はその場にへたり込んだ。

 

「薫子殿、大丈夫ですか?」

「え、ええ……ちょっと、目が回る……立ち眩みかな、力が抜けて」

「御子様のお声が耳のお近くだったからかもしれませぬ。頭をおさげください」

「うん、でも……まだみこ泣き止んでないし……」

「それより薫子殿のお体を休めることが先決です」

 

 保育士の経験上、ギャン泣きしている子は抱っこを止めたらますます泣く気がする。今の状態でみこを下ろしたら、もっと泣きわめかれるかもしれない。

 癇癪を起したように泣いているのは、きっと抱いていた私の興奮が伝わってしまったからだろう。親もいないところでかわいそうなことをした、なんとかみこが落ち着くまでは手を離さずにいてやらなくちゃ。

 私はのけ反りながら泣くみこの背中をとんとんと叩いた。本当だったらゆらゆらもしてあげたいけど、ちょっと力が入らない。

 ハチロウは私が横にならないので、仕方なさそうに自分の背中でみこのお尻を支えてくれる。

 

「よしよし……ごめんね」

 

 眩暈は一向に治らないけど、とにかく泣き止ませたい一心で私はとんとんと小さな背中を叩く。

 昨日の機嫌のよさが嘘のように泣きわめく赤子を相手にどのくらいそうしていただろう。大音量の泣き声が眩暈のする頭を直接殴ってくるように、がつんがつんと響いてくる。

 しかし赤ちゃんの体力も有限だ。泣きつかれたのか、次第に耳元で発せられる声が小さくなり、途切れる時間が増えてきた。

 

「……よしよし、だいじょうぶ。大きな声をだしてごめんね」

 

 ひっくひっくとしゃくりを上げる声が途切れがちになり寝息の割合が増えてくると、みこの身体を支えてくれていたハチロウがそっと離れた。布団の上に目線を送ってくるのは、つまりここに寝かせろということだろう。

 もうちょっと、と私は首を振った。今布団に置いてまた起きられたら厄介すぎる。もう一ターンこれをやるのは辛い。

 そこから三十分も耐えたところで、ようやく完全に深い眠りに落ちたみこを下ろすことができた。布団の冷たさで起きるかとびくびくしながら寝かせてみたら、大の字になって手足を広げたのでほっと一安心する。

 

「お疲れ様でした、薫子殿」

「つ……かれた……というより、身体、力入らない……」

 

 ぐったりと肩を落とした私は、その勢いでみこの隣に倒れ込んでしまった。

 手足が泥のように重く、視界はぐるぐると回る。目を閉じていても頭がゆっくりと回転しているかのような錯覚を覚えるほどだ。

 これほどまでに体が言うことを聞かなくなるのはいつぶりだろう。

 

「……神力の修行が一番ハードだった時みたいに、だるい……身体重い……」

「……神力? ん?」

 

 傍に座ったハチロウは小首を傾げた。けどそれに応対するのもおっくうだった。気を抜くと寝てしまいそう。

 いや、寝てしまってもいいのか。もう大学院に行く必要もないし、照宮殿下に会えるわけでもない。だって帰れないのだから。

 

「薫子殿、薫子殿の神力が――」

「ちょっと、横になっていていいかな……一寝入り、したい。起きたらこの子の食べるものについて相談、させて……」

「ああ、薫子殿、ちょっとお待ちを、薫子殿……!」

「ごめん、あと、で……」

 

 寝ようと決意すれば意識を保つのがすぐに困難になった。あわあわとハチロウが何か言いたげに口を開けたが、それを聞き取れないくらい瞬間的に眠りに落ちてしまった。

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