【超超短編小説】蟲の影
久しぶりに晴れた祝日の昼は、それでも寒さのせいなのか町に人気は少なかった。
連休も最終日となれば、明日からの学校や労働に備えて大人しくしている人が多いのだろう。
町内スピーカーの割れた音が不明瞭な警告を発した直、空高く大きな鬼蟲が飛んで行くのが見えた。
バリバリと叩きつけるような音で飛ぶその巨大な翅が起こした風で窓ガラスは大きく揺れた。
時計を見るとなるほど、そろそろ樹液が供給される時間だ。
あと何匹か飛んで行くだろう。その前に雨戸を閉めておかなきゃならない。
自転車を担いで部屋を出ようとする俺の背中に女が声をかけた。
「どうしても行くの」
俺は振り向かずに答えた。
「あぁ」
「そう。今年は鬼山竜蝿が少ないみたいだから、鬼雀蜂に気をつけてね」
「あぁ、分かった」
俺はビンディングシューズのラチェットを回しながら振り向かずに答えた。
部屋に戻った時、女はまだいるだろうか。
カーボン製の車体を肩に担いで階段を降りる。爪先の上がった靴だと昇り降りがし辛い。
そろそろキャンディー式に交換しようと思った。その資金を稼ぐ為にも、巨蟲たちの破片を集めなきゃならない。
討伐ギルドにでも加入するべきだろうか。
しかし横の繋がりとか縦社会とか、考えるだけで面倒くさい。だから貧しいのだとも言えるけれど。
マンションの階段は窓が無く、冬の居残りが酷い空間だった。
もう少し厚着をするべきか?いや、自転車を漕げば温まるし、動きやすさを優先した方がいいのは前回でわかっている。
外に出ると辺りはそわそわとした春の気配が立ち込めていた。
ひと息吸って吐く。
俺の肉体が少しずつ春になっていく。
自転車にまたがり、ゴチンと硬い音を立ててペダルにビンディングシューズが固定する。
あとは止まらずに踏み続けるだけだ。
町内スピーカーが再び不明瞭な警告を発して、大きな鬼蟲が上空を飛んでいく。
風に煽られて転びそうになる。
ゆっくりと春の空気を押しのけながら進む。アスファルトはまだ溜め込んだ冬を少しずつ放出していて寒かった。
背中のポケットから取り出した煙草に火をつける。
向かい風が煙を後ろに押し流していった。




