scene6 心の変化
■リオ
その夜。
布団に入ったリオは、眠気が来るまで天井の木目をぼんやりと追っていた。
外からは、虫の声と、どこかの家の戸を閉める音が、
柔らかく流れてくるだけだ。
(……もう、戻らなくてもいいかもしれない)
ふと、そんな考えが胸をよぎる。
剣を握って戦場を駆け回る毎日より、
朝にパンの匂いで目を覚ます生活のほうが、
何倍も自然で、当たり前のように思える。
戦いに疲れきった身体は、この村の静けさに深く根を張り、
そこから動こうとしなかった。
(アザルと笑う時間が……こんなに心地いいなんて)
夕食のときの他愛もない会話。
畑仕事が終わった後の、同じ方向を向いて深呼吸する瞬間。
夜、ランプの下でふいに目が合って笑い合う、静かな時間。
それらが、今までの自分に存在しなかった“余白”――
心が自由に呼吸できる場所を作り始めている。
リオはそっと目を閉じた。
(……戻らなくても、いいよな……)
その思いを誰かに言う勇気はまだない。
だが、胸の奥で確かに芽生えていた。
■アザル
同じ頃。
アザルはランプの芯をつまんで、部屋の明かりを落とす。
暗がりの中、窓の向こうで村の灯りが点々と揺れていた。
誰かが夕飯を片付けている光。
誰かが子どもを寝かしつける光。
そして誰かが笑っている気配。
(戦わなくていいなら……ここにいたい)
魔王である自分の力を恐れず、
日常の延長として受け入れる村の人々。
「アザル君、手伝って」
「助かったよ」
「また明日ね」
その言葉のひとつひとつが、
胸の奥の硬い鎧を少しずつ溶かしていく。
(俺を“魔王”じゃなくて、“アザル”として見てくれる……
そんな場所、今までどこにもなかった)
そして――
リオと肩を並べて過ごす日々が、さらにその心をほぐしていく。
畑仕事の帰り道、笑い声がふいに重なる瞬間。
食卓で向かい合い、同じ皿に手を伸ばして照れる瞬間。
夜、同じ屋根の下で静かに息を整える時間。
(……ここにいられるなら、それでいい)
そう思えるようになった自分に驚きながら、
それでもアザルはそっと微笑んだ。
布団にもぐり、胸に手を当てる。
(……帰りたくないな……)
その正直すぎる願いは、
この村の灯りのように優しく、温かかった。




