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scene2 逃亡提案:息をするように自然
霧のすき間を通る風が、柔らかく二人の髪を揺らした。
その静けさが背中を押したのか、あるいはもう限界だったのか。
リオは切り株に座ったまま、膝に置いていた割引券を指先でくるりと回し、
ぽつりと、けれど思いのほか自然に言った。
「……行っちゃう?」
まるで、
「このまま昼寝する?」
くらいの気軽さで。
アザルはというと――驚いた様子も、考えこむ素振りもなく。
「……行きましょう」
息を吸うのと同じ速さで答えていた。
本来なら、魔王と勇者の会話としてはあり得ない内容。
世界を揺るがす“決断”のはず。
なのに。
ふたりの間に流れた空気は、
友だち同士が「帰る?」「帰ろっか」と言い合うのと寸分違わない軽さだった。
アザルの肩の力が抜け、
リオの眉間のしわがほどける。
その変化はほんの一瞬のことで、
霧の奥の光がふっとふたりの表情を明るくした。
どちらも、初めて“心からの本音”を言えたような顔をしていた。




