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scene6 しかしそれでいいのが“この世界”
この世界では――
勇者が一人で森へ入り、道に迷い、魔族と遭遇したとしても。
本気で危険に陥る、などとは誰も思っていない。
ミナは湯飲みを指でくるくる回しながら、当たり前のように言う。
「だって、もし森で魔族に会っても……
向こうが気まずそうに逃げてくれますしね」
シルフィもうなずく。
「去年なんて、リオさんが迷子になって泣きそうだった時、
魔族さんが地図描いてくれましたし」
ガルドは笑いながらお菓子の箱を開けた。
「そういう世界なんだよな、ここ……」
だから誰も慌てない。
だから誰も焦らない。
だから誰も不安にならない。
温泉宿の薄い湯気が漂う中、
三人は湯飲みを並べ、お菓子を皿に置き、
“帰ってくる勇者をのんびり待つ” という、あまりに平和な時間が流れていた。
世界の空気そのものが、
彼らに――そしてリオに――
「まあ大丈夫でしょ」と言っているかのようだった。




