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scene5 アザルが先に“白旗”を掲げる
沈黙は、まだ続いていた。
霧がゆらゆら揺れて、二人の間を穏やかに漂っていく。
本来なら、どちらかが戦いを挑むはずだった。
歴史書的にはここで「魔王と勇者、激突す」になるはずだった。
だが――
アザルは、唐突に肩の力を抜いた。
勇者を前にしているとは思えないほどの小声で。
「……あの。今日……戦いたくないんですけど」
白旗どころか、最初から旗を持ってすらいない声だった。
リオは目を瞬かせる。
驚くべきは、その言葉ではない。
自分の本音と、あまりにも一致していることだった。
「えっ。俺もです」
間髪入れず、即答。
二人の声が重なった瞬間、
霧の中で“カチッ”と何かが噛み合うような感覚があった。
アザル(心の声)
(……ほんとに? そんな簡単に……?)
リオ(心の声)
(なんだろうこの感じ……同じ生き物見つけたみたいな……)
初対面なのに、妙に呼吸が合ってしまう。
波長が揃ってしまう。
世界がずっと仕掛けていた“勇者 vs 魔王”の構図が、
この瞬間、霧の中でふにゃっと崩れ落ちた。




