scene2 アザル、魔王城を逃げ出すように散歩
魔王城の朝は、いつも不必要に重々しい。
黒曜石の大広間に響きわたるマギルの声が、アザルの胃のあたりをじわじわ圧迫していた。
「――以上で午前の議題は終わりです。
魔王様、午後は偵察兵への激励をお願いいたします」
その瞬間、アザルの肩がぴくりと跳ねた。
激励。
あの整列。
あの視線。
あの「魔王らしい言葉」を求められる空気。
アザルは机の下でそっと拳を握りしめた。
(……ムリ。今日はもうムリ)
声に出したら謀反扱いされそうなので、ただ静かに会議室を後にするしかなかった。
◆
自室に戻ると、ふかふかの寝台の上に置きっぱなしにしていた編み物セットが目に入った。
黒と赤の毛糸玉が、こちらを見上げるようにころんと転がっている。
(……持って行こうかな)
だが、次に思い浮かんだのは、外で編み棒を持っている自分の姿に
「魔王様……それは“威厳”という概念の真逆では?」
と遠慮がちに突っ込んでくるマギルの顔。
アザルはそっと毛糸から視線をそらした。
「さ、散歩だけ……散歩だけしてくるから……」
自分に言い訳しながら部屋を出る。
廊下にいた魔族兵たちは、アザルが歩いてきても誰一人止めない。
むしろ、敬礼しつつ、ほっとしたように目を細める。
「魔王様の気晴らしは大事だ」
「外の空気もたまには吸わないとな」
まるで散歩特化の魔王として認識されているような扱いだった。
(外に出れば、誰も“魔王らしく振る舞え”なんて言わない……
だから……少しだけ、逃げてもいいよな)
そう自分に言い聞かせながら歩くうちに、気付けばアザルは
ふわりと霧が漂いはじめる“緩衝森”の入口に立っていた。
まるで、ここが最初から目的地だったかのように。




