scene2 リオの夕方のため息
湯雲の里は、夕暮れになると空も湯気も同じ茜色に染まる。
展望温泉の縁に腰を下ろしたリオは、湯上がりの体に心地よい涼風を受けながら、ぼんやりと遠くを眺めていた。
遠く――はるか向こう。
霞の向こうにあるはずの魔王城の方角を、ただ目で追う。
今日の“戦闘”は、驚くほどあっさり終わった。
森で遭遇した魔族は形式的に名乗り、形だけの攻撃を一度繰り出した後、
「では、また……」
と気まずそうに退散していった。
そのおかげで、書類上の勇者活動は完了。
怪我もなく、仲間たちは温泉と食事に夢中。
胸の奥に溜まっていた重しが、ほんの少しだけ軽くなった。
湯気がふわりと昇り、夕空を揺らす。
リオは膝に肘を乗せ、ぽつりとつぶやいた。
「……戦わなくて済む場所で暮らしたいなぁ……」
それは誰に聞かせるでもない、本音そのもの。
勇者としての義務感――
守らなきゃいけない、期待に応えなきゃいけない。
そんな思いと、
ただ普通に、静かに暮らしたいという、ありふれた願いの狭間で。
彼の吐息は、ゆっくりと夜へ溶けていった。
夕空は茜から群青へ。
その色の変わりゆく空を、同じ時間、遠く離れた場所で魔王も見上げていることなど、リオはまだ知らなかった。




