第七話 同じ空を見上げる2人 scene1魔王アザルの夕暮れ
魔王城の最上階にあるテラスは、今日もひっそりと静まり返っていた。
紫がかった夕陽が遠くの山脈を染め、さらにその先――人族領は霞のようにぼんやりと滲んで見える。
アザルは、ほんの少し猫背になりながら欄干にもたれ、深く息をついた。
先ほど提出した「勇者と交戦した風」報告書は、今日も見事に内容が薄い。
だが、誰からも文句は出ない。むしろ皆がそれを望んでいる。
(今日も……戦わずに済んだ……)
(ほんとはずっと……こうしていたい……)
涼しい風がふわりと頬をなでる。
足元を飛んでいく魔物たちでさえ、どこか気の抜けた、あくびでもしそうな軌道で飛んでいくのが見えて、アザルの肩から力が抜けた。
ふと、指先がむずむずとうずいた。
――今すぐ部屋に戻って編み物をしたい。
その衝動に駆られるほど、彼の胸には“安心”が広がっていく。
だが。
(……魔王なんて向いてないよ……
どこか……平和な場所に、逃げたい……)
夕陽を浴びた横顔には、年若い青年らしい弱さが一瞬だけ浮かぶ。
魔王の威厳も、畏怖も、恐れられる象徴としての仮面も。
そのどれもが、今のアザルにはただの“仕事用の顔”にすぎなかった。
風が吹き抜け、マントがふわりと揺れる。
――世界がこのまま、何も起きずに暮れていけばいいのに。
そう願いながら、アザルはそっと空を見上げた。
夕闇に染まる空は、どこか遠くの誰かと同じため息を吸い込みながら、静かに夜の色へと変わっていく。




