scene3 “書類上の戦争”の実態
人族と魔族が密かに合意した「戦ってるフリ戦争制度」。
その実態は――ほとんど事務作業である。
●魔王軍側:書類地獄の一日
魔王城、軍務局。
今日も机に山積みの羊皮紙が、担当官たちの心を削っていた。
「……はい、次。“小競り合い報告書”ね」
角の曲がった眼鏡をかけた魔族書記官が、淡々とペンを走らせる。
『〇月〇日、小規模な交戦発生。
被害なし。
なお、敵偵察兵は撤退したものとする(※実際は驚いて転んで帰っただけ)』
「うん、こんな感じでいいか」
隣の席では別の書記官が、また違う書類を作成していた。
『魔王軍の士気高まる。
(※朝礼のときに“おはようございます”と声がそろった)』
「士気が高いとは言えんが……まあ、ゼロじゃないしな」
魔王軍の“戦況”は、こうして地味に作成されていく。
誰もケガしていない。誰も戦ってすらいない。
ただ、書類の上では立派な戦争が今日も続いていた。
●一方、人族の勇者側:こちらも書類との戦い
人族側の報告書も、たいして変わらない。
勇者パーティーが野営地で昼食後の休憩をしていると、
諜報官の青年が、涼しい顔で羊皮紙束を差し出してきた。
「勇者様、今日の“戦果報告”、サインお願いいたします」
「え、今日何か戦ったっけ?」
「魔王軍の偵察班が“逃げてくれた”ので、撃退扱いです」
「なるほど……いや、撃退っていうか、ただ挨拶しただけじゃ……」
「大丈夫です。向こうと帳尻が合うよう調整済みですので」
青年は慣れた所作で別の書類を広げる。
『勇者一行、魔王城に向け進軍中
(※添付:近くの温泉街で撮った“絶景スポット写真”)』
勇者リオは頭を抱えた。
「これ、完全に観光レポートじゃない!?」
「でも、進行ルートの“雰囲気”は伝わりますので」
「雰囲気で戦況を書くな!」
●奇妙に合う帳尻
驚くべきことに、両陣営の書類はなぜか矛盾しない。
魔王軍の報告書
→『偵察兵撤退(※転んだだけ)』
勇者側の報告書
→『魔王配下を撃退(※相手が逃げてくれた)』
どちらも事実ではある。
そしてどちらも本質的に嘘だ。
また別の日。
魔王軍
→『今日の演習で士気上昇』
勇者側
→『敵軍の緊張感を確認』
拍手しただけの朝礼が、なぜか“緊迫した戦況”として処理されていく。
両方が茶番を書いているのだから、むしろ矛盾したほうがおかしいのかもしれない。
こうして、“戦争”は書類の中で静かに続き、
現場では今日も、誰も戦わないまま日が暮れていくのだった。




