scene3マギル、ノックなし突入(恒例)
参謀長マギルは、両腕いっぱいに書類の束を抱えて、
迷いなく魔王の寝室へ向かっていた。
廊下には、魔力光の反射が静かに揺れる。
兵士たちは道を開け、軽く会釈する程度で何も言わない。
それが、魔王城の“朝の儀式”であることを、皆が知っていた。
寝室の前に立ったマギルは、
扉の前で立ち止まることも、ノックを試みることもない。
——ノックをする必要がないからだ。
むしろ、ノックをして魔王が起きてしまう危険を避けるため、
この城では“静かに扉を開ける技術”が一種の教養となっている。
そして何より、
「魔王様は起きていないときの方が“仕事”が進む」
これは城の誰もが共有する共通認識、
むしろ職務上の鉄則と言っていい。
マギルは扉の取っ手に手をかけ、
音を立てないよう器用に押し開ける。
中には、朝の光に照らされながら、
布団に深く潜り込んだアザルの姿があった。
顔を半分だけ覗かせ、
まるで「寝ています」と自己主張するかのように微動だにしない。
マギルはその姿に特別な感情を挟むこともなく、
淡々と任務を遂行する。
「魔王様、本日も南方三国を“征服したことにしておきました”。
戦果の書類は枕元へ置きます」
書類の束が、そっと枕元に置かれる。
アザルはようやく、布団の奥からゆっくり目を開き、
眠気に沈むまぶたを一度だけ閉じ——また開いた。
ゆるいまばたき一回。それが挨拶代わり。
「……どうも」
その声は、ほとんど夢の残り香のように弱く。
けれど、マギルには十分だった。
アザルは心の中でそっと呟く。
(助かった……今日も征服しなくて済んだ……)
枕元に置かれた“架空の戦果の山”は、
アザルが戦わなくて済む証明書——
そして魔王城を今日も平和にするための、
ささやかな儀式でもあった。
マギルは静かに一礼すると、
書類整理という彼の“本当の戦場”へ戻っていった。




