scene3 噂の最終形
――世界が勝手に辿り着いた、いちばん静かな答え
噂というものは、生き物に似ている。
人の口から口へと渡るたび、形を変え、意味を変え、
やがて原型を失っていく。
この世界も例外ではなかった。
最初に広がったのは、分かりやすい噂だった。
「勇者が魔王を倒したらしい」
酒場で好まれ、歌にしやすく、
誰もが胸を張って語れる結末。
だが、すぐに別の噂が重なった。
「いや、魔王が勇者を支配したらしいぞ」
恐ろしく、刺激的で、尾ひれが付きやすい話。
人々は二つの噂を抱えたまま、議論し、喧嘩し、想像を膨らませた。
「勝ったのはどっちだ?」
「勇者は生きているのか?」
「世界は、もう終わっているのか?」
――けれど、現実は何も変わらなかった。
畑は実り、
子どもは笑い、
夜には、いつも通り灯りがともった。
その“変わらなさ”が、噂を少しずつ削っていく。
「……もし勇者が勝ったなら、帰ってくるはずだよな」
「魔王が支配してるなら、もう少し怖いことが起きてないか?」
疑問は、噂を鈍らせる。
やがて、人々は三つ目の噂を口にし始めた。
「どっちも、まだ決着ついてないんじゃないか?」
そして、最後に残ったのが――
いちばん地味で、いちばん説明がつく形だった。
「……あの二人、どうやら一緒に暮らしてるらしい」
誰かが言い出し、
誰も強く否定できなかった。
「倒した、支配した、って話より……」
「それなら、今の平和も納得できる」
噂は、戦いを求めるうちは荒れ狂う。
だが、日常を前にすると、自然と丸くなる。
吟遊詩人の歌も、いつしかこう変わった。
「♪勇者は剣を置き
魔王は玉座を離れ
二人は同じ村で
同じ夜を迎えた〜♪」
子どもたちは、もう勝ち負けを気にしない。
「勇者と魔王って、友達なんでしょ?」
大人たちは、少し困った顔で笑い、こう答える。
「……まあ、そんなところだな」
こうして、世界は勝手に結論へ辿り着いた。
「勇者が魔王を倒した」
「魔王が勇者を支配した」
その両方を飲み込んだ果てに、残った噂は――
「二人は、一緒に暮らしている」
それは英雄譚としては弱く、
戦争の結末としては拍子抜けで、
だが、この世界にとっては、
いちばん長く続く話だった。




