scene3 魔王アザルの静かな追認宣言
勇者の宣言の余韻が、まだ広場に残っていた。
誰も動けず、
誰も次の言葉を決められない。
その沈黙を破ったのは、
勇者ではなく――魔王だった。
アザルは一歩、前に出る。
剣も持たず、
玉座も背負わず、
ただ、エプロン姿のまま。
だが、その存在感だけで、
場の空気が静まり返った。
「……我も」
低く、落ち着いた声。
感情を煽ることもなく、
威圧することもない。
「争いは、望まぬ」
その言葉に、
魔族側が息を呑む。
ラトは、思わず一歩踏み出しかけて、止まった。
「魔王様……?」
アザルは続ける。
「長く、戦ってきた」
「理由も、役目も、理解している」
否定はしない。
逃げもしない。
だが――
「今は……」
ほんの一瞬、視線が横に逸れる。
そこには、洗濯物を抱えた勇者がいた。
「ここで……暮らしたい」
それだけだった。
支配。
征服。
覇道。
魔王の口から、それらしい言葉は一切出なかった。
ただ、
「住む場所を選んだ者」の本音だけが落ちた。
ウーナが、静かに目を伏せる。
「……そうかい」
「やっと、休む気になったんだねぇ」
ラトは唇を噛みしめる。
「兄貴……」
「……本当に、それでいいのか?」
アザルは、頷いた。
「うむ」
短い肯定。
だが、そこに迷いはなかった。
シアンは、ノートに震える手で書き込む。
『※魔王、覇権より生活を選択』
ミナは、胸に手を当て、小さく息を吐く。
「……それが本心なら」
「聖女として、止める理由はありません」
誰も反論できなかった。
なぜなら――
そこにあったのは、
戦争を続けたい者の言葉ではなく、
もう戦う理由を失った存在の、静かな決断だったからだ。
こうして、
世界を震わせてきた魔王は、
誰よりも静かに、
争いの舞台から降りた。




