scene5 勇者と魔王、普通に登場
「どうしたの? みんな」
その声は、あまりにも日常的だった。
全員が、同時に振り向く。
広場に面した家の裏手。
干された洗濯物の間から、青年が顔を出す。
腕には、洗い終えた布の山。
白いシャツ、タオル、村人の子どもの服まで混じっている。
――勇者リオだった。
きょとんとした表情で、広場の異様な集団を見渡す。
「急に人が増えたみたいだけど……何かあった?」
次いで、彼の後ろから、もう一人。
「……賑やかだな」
低く、落ち着いた声。
家の扉が開き、
そこから現れたのは――
エプロン姿の魔王アザルだった。
黒地の布に、素朴な刺繍。
袖をまくり、片手には木べら。
完全に、夕餉の途中である。
その瞬間。
勇者救出隊と魔王救出隊、
双方の思考が、同時に停止した。
ミナの瞳が、大きく見開かれる。
「……リオ?」
ガルドの口が、半開きのまま固まる。
「……洗濯?」
シアンは、反射的にノートを開きかけて――閉じた。
書けない。
何も、説明がつかない。
一方、魔王救出隊。
ラトの耳が、ぴんと立ち――次の瞬間、へたりと落ちた。
「……兄貴?」
エプロン。
木べら。
焦げる匂い。
戦場で見たことのない姿。
ウーナは、一拍遅れて、にっこり笑った。
「あら。ちゃんとエプロンなんてして」
アザルは、首をかしげる。
「……来客か?」
リオは洗濯物を抱え直し、少し慌てたように言った。
「あ、ごめん。今ちょっと手が離せなくてさ。
もうすぐ夕飯なんだ」
――夕飯。
その単語が、全員にとどめを刺した。
争いも、救出も、
覚悟も、使命も、
すべてが、この村の生活音にかき消される。
沈黙の中、
アザルが、ふと思い出したように言った。
「……スープ、そろそろ仕上げだな」
ウーナの目が、きらりと光る。
「まあ。スープ?」
鍋を掲げ、堂々と一歩前に出る。
「奇遇だねぇ。こっちもだよ」
その瞬間――
世界を揺るがすはずだった戦争の最終局面は、
完全に、
晩ごはんの話題に上書きされた。




