第二十五話 クライマックス前の静けさ scene1 夕暮れの街道、同じ灯り
日が沈みかけ、空がゆっくりと橙から群青へと滲んでいく。
街道には穏やかな風が流れ、剣戟の匂いも、魔力の軋みもない。
ただ、遠く——丘の向こうに、小さな灯りがひとつ、またひとつと瞬き始めていた。
最初にそれに気づいたのはミナだった。
「……見て。村の灯りよ」
その声は静かだったが、確信に満ちていた。
祈るように胸の前で手を組み、彼女はその光から目を離さない。
「着いたな」
ガルドは巨大な斧を担ぎ直し、短く笑う。
「あそこにリオがいるんだな」
疑いはない。
勇者はそこにいる。
問題は、どんな状態でいるかだけだ。
シアンは一歩遅れて灯りを見つめ、眼鏡の奥で目を細めた。
「噂の収束点、か」
懐からノートを取り出し、指で新しいページを開く。
「人・情報・誤解……すべてが集まる場所だ」
彼にとってここは救出現場ではない。
未整理の現象が、最も高密度で存在する“観測地点”だった。
——囚われているかもしれない。
——無理をしているに違いない。
ミナの中で、その前提はすでに揺るがないものになっていた。
聖女としてではなく、ひとりの“守る者”として。
胸の奥で、静かに熱が高まっていく。
ガルドは考えない。
ただ、村という場所が、魔王城よりも厄介になりそうだという直感だけが、鈍く頭の片隅に引っかかっていた。
シアンはペンを走らせる。
(これは救出ではない。
観測だ)
——そして、同じ時刻。
別の街道。
同じ夕暮れ。
同じ灯り。
ラトの耳が、ぴくりと動いた。
「……村だ」
鼻腔をくすぐる匂い。
人の暮らしの匂い。
火と食事と、安堵の混じった空気。
「あら」
隣でウーナが目を細め、穏やかに頷く。
「灯りがあるねぇ。
ちゃんと人の住む場所みたいだ」
その言葉に、ラトの胸がざわつく。
「……兄貴が、あんなところで……」
囲まれている。
気を使っている。
人間の輪の中で、きっと無理をしている。
——連れ戻さなければならない。
嫉妬と保護欲が、区別のつかない感情として絡み合う。
ラトの歩調は、無意識に速くなっていた。
ウーナはそんな様子を横目に見ながら、鍋を抱え直す。
蓋を軽く押さえ、しっかり閉まっているのを確かめる。
(疲れてるだろうねぇ)
(ちゃんと食べてるわけないよ)
戦況も、勝敗も、噂も。
そんなものはどうでもいい。
大事なのは、温かいものを食べているかどうかだけだ。
こうして——
同じ灯りを見つめながら、
同じ方向へと歩き出しながら、
彼らはまったく違う“真実”を胸に刻みつけていた。
静かな夕暮れは、
嵐の前触れとしては、あまりにも穏やかだった。




