scene5 最大ニアミス ― 酒場裏と昼寝
村まで、あと少し。
道沿いにぽつんと建つ古い酒場は、旅人と村人が混じる、噂の集積地だった。
勇者救出隊は自然な流れで中へ入る。
木の床が軋み、昼間から酒の匂いが漂う店内。
壁には色褪せた冒険譚の絵がかかっている。
「すみません」
ミナが店主に声をかける。
「この村に、“勇者と魔王が一緒にいる”という噂はありませんか?」
店主はグラスを拭く手を止め、首をかしげた。
「さあなあ。
そんな物騒な話は聞かねぇが……」
少し考えてから、付け足す。
「ただ、変わった旅人は来てるな。
静かで、あんまり喋らないやつらだ」
「静か?」
ガルドが眉をひそめる。
「妙に大人しい連中ってのは、だいたい怪しい」
「あるいは単に疲れているだけかもしれません」
シアンが即座にフォローする。
「観察対象としては興味深いが、決定打にはならないな」
ミナは小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
その会話の、ほんの数メートル向こう。
酒場の裏手――。
建物の影が落ちる木陰で、ラトは地面に腰を下ろしていた。
「……少し休む」
短くそう言って、尻尾を体の横に畳む。
「いい判断だよ」
ウーナは鍋を膝に置き、ふうっと息をつく。
「焦って倒れたら、元も子もない」
鍋の中から、滋養のある香りがふわりと立ち上る。
「もうすぐだねぇ。
あの子の顔を見るのも」
ラトは目を閉じる。
「……兄貴……」
その瞬間。
酒場の裏口の隙間から、ラトの尻尾の先が、ちらりと見えた。
酒場の中。
ガルドがジョッキを持ち上げ――
「おっと!」
盛大に酒をこぼす。
「……っ、くそ!」
床を拭くのに気を取られ、視線は一瞬も外へ向かない。
「ガルド、大丈夫?」
「平気だ。酒がもったいねぇだけだ」
ミナは気づかず、
シアンはノートに視線を落としたまま。
壁一枚。
距離、数歩。
勇者救出隊と魔王救出隊は、
同じ場所で、同じ時間に、同じ目的へ向かいながら――
互いの存在を、最後まで認識しなかった。
ラトは木にもたれ、静かに目を閉じる。
ウーナは鍋の蓋を直し、微笑む。
そして酒場では、
「さて、次はどこを当たる?」
という声が上がる。
運命は、確かにそこにあった。
だが、誰一人として――
それに手を伸ばさなかった。




