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何もしたくない魔王と勇者のスローライフ やる気のない世界の中心で  作者: 南蛇井


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scene3 セロの歌① ― 街道の吟遊詩人 場面

小さな街道沿いの休憩所は、旅人たちのざわめきで満ちていた。

 馬を休ませる者、干し肉を齧る者、ただ腰を下ろして噂話に興じる者。


 その中央で、ひとりの吟遊詩人がリュートを構え、朗々と歌い始める。


「♪勇者が勝ったと噂され〜

 魔王は姿を消した〜♪」


 旋律は軽やかで、言葉は妙に耳に残る。


 勇者救出隊は、思わず足を止めた。


「……ほらな」


 ガルドが腕を組み、満足げに頷く。


「やっぱ勝ってんじゃねぇか。

 魔王ぶっ倒して、今ごろどっかで休んでんだろ」


「それが問題なの!」


 ミナは即座に反論する。


「勝ったなら、帰ってきて当然でしょう!?

 何も連絡がないのが一番おかしいの!」


「まあまあ」


 シアンは吟遊詩人を眺めながら、指先で顎をなぞった。


「情報源は歌。

 事実と脚色の比率は、だいたい一対九だ」


「九割ウソじゃない!」


「だが、その一割がどこなのか――それが面白い」


 目がきらりと光る。

 完全に研究者の顔だ。


 同じ頃。


 休憩所の反対側、荷馬車の陰。


 少し離れた位置で、魔王救出隊もまた立ち止まっていた。


「♪世界は平和を取り戻し〜

 人々は酒を掲げた〜♪」


 歌を聞いた瞬間、ラトの耳がぴんと立つ。


「……勇者が、勝った?」


 次の瞬間。


「ふざけるな!!」


 低く、しかし確かな怒気が滲む。


「兄貴が負けるわけないだろ!

 そんな歌、信じられるか!」


「はいはい」


 ウーナは慌てず、鍋から木の杯に甘酒を注ぐ。


「歌なんて脚色だよ。

 怒るとお腹に悪い。ほら、飲みな」


「今それどころじゃ――」


「飲むと落ち着く」


 有無を言わせず差し出され、ラトは渋々口をつける。


「……甘い」


「でしょ」


 ウーナは満足げに笑った。


 その間も、吟遊詩人の歌は続く。


「♪英雄は凱旋せず〜

 魔王は影となり〜♪」


 ――同じ歌。

 同じ旋律。

 同じ噂。


 だが。


 勇者救出隊は「やはり勝っている」と確信を深め、

 魔王救出隊は「そんなはずがない」と怒りを募らせる。


 そして、両陣営ともに。


「ちょっと聞き入ってしまったな」


 という理由で、しっかり時間をロスした。


 立ち位置は微妙にずれ、

 人垣と荷馬車と鍋の湯気に遮られ――


 視線が交わることは、最後までなかった。


 吟遊詩人は満足げに歌い終え、帽子に銅貨が投げ込まれる。


 真実から最も遠い歌が、

 最も多くの人間を立ち止まらせた。


 そして、両隊は再び歩き出す。


 互いの存在に気づかぬまま、

 同じ村へと、少し遅れて。

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