第二十四話 双方、村へ向かうゆるい追跡 scene1 森の一本道、気配はするのに会わない
村へ続く一本道は、朝靄に包まれていた。
木々の間を縫うように伸びる土の道は静まり返り、鳥の声すら霧に吸い込まれている。視界は悪くないが、良くもない。――何かが“いる”気がするには、ちょうどいい曖昧さだった。
その沈黙を破るように、ミナが足を止めた。
「……今、誰かいたような……」
胸元の聖印を無意識に握りしめ、周囲を見回す。その表情は、母が我が子の泣き声を聞き逃さなかったときのそれに近い。
ガルドが即座に斧の柄に手をかけた。
「敵か?」
短く、低い声。戦士として染みついた反応だ。
しかし、シアンは一歩遅れて首をかしげた。目を閉じ、耳を澄ます。
「いや……足音が複数ある。だが、規則正しすぎる。
行軍ではないし、追跡でもない」
「じゃあ何だよ」
「……散歩か、用事の途中だ」
「余計わからねぇ!」
ガルドが苛立つ一方で、ミナはまだ納得していない様子だった。
「でも……確かに、誰かが“いた”気がするのよ」
――その直感は、間違っていなかった。
数十メートル先。
霧の向こう、同じ一本道の上に、別の二人組がいた。
魔王救出隊――獣人兵ラトと、老魔族ウーナ。
ラトはぴくりと耳を動かした。獣人特有の鋭敏な感覚が、霧越しの“違和感”を捉える。
「……今、人間の気配が……」
低く唸るような声。無意識のうちに前傾姿勢になる。
だが、隣を歩くウーナは、のんびりとした足取りを崩さない。鍋を抱えたまま、ふふ、と笑う。
「風の音じゃないかい?
この森は、朝になるとよく囁くんだよ」
「……そうか?」
ラトは納得しきれないまま、もう一度だけ耳を立てた。
確かに、何かがいた。
だが――それが“人間の救出隊”であるという発想は、最初から選択肢に存在しない。
なぜなら。
(兄貴のところへ向かってるのは、俺たちだけのはずだ)
その確信が、思考の幅を狭めていた。
一方その頃、勇者救出隊側でも同じ現象が起きていた。
霧が、ふっと濃くなる。
森の道が、二股に分かれていた。
ほんの一瞬前までは一本道だったはずなのに、気づけば左右に分岐している。
「……あれ?」
ミナが小さく声を漏らす。
ガルドは地面を見て、即断した。
「右だ。足跡が多い」
シアンは反対側をちらりと見たが、肩をすくめた。
「確証はないが……急ぐなら従おう」
そうして三人は、右へ。
同時刻。
「……道、分かれてるねぇ」
ウーナが言うと、ラトは迷わず左を指した。
「こっちだ。気配が……薄くなった」
「そうかい」
疑いもせず、ウーナは従う。
霧が、静かに流れた。
ほんの数十メートル。
ほんの数秒。
もし誰かが振り返っていれば。
もし霧がもう少し薄ければ。
彼らは確実に、互いの姿を見ただろう。
だが現実はそうならなかった。
勇者救出隊は「敵がいなくてよかった」と前進し、
魔王救出隊は「気のせいだったか」と歩みを続ける。
森は何も語らない。
ただ、すれ違った運命だけを、静かに見送っていた。
――こうして、最初のニアミスは成立した。




