scene3 誰にも止められない出発
老魔族が評議場の奥から声をかけたとき、
すでにウーナは外套を羽織り、鍋をしっかりと腕に抱えていた。
老魔族
「ウーナ殿、魔王様は勝利されて――
勇者との戦いも、すでに――」
ウーナ
「勝ってようが負けてようが、だよ」
足を止めない。
声にも迷いがない。
ウーナ
「ちゃんと食べてるかどうかは、別問題だろう?」
老魔族
「……え?」
その一言で、場の空気が止まる。
ウーナはちらりと振り返り、鍋の蓋を少しだけ持ち上げる。
立ちのぼる湯気と、魔力を帯びた滋養の香りが評議場に広がった。
ウーナ
「戦に勝っても、腹は減る。
世界を支配してても、体は弱る」
鍋を閉じ、悠然と歩き出す。
ウーナ
「はいはい、道を空けな」
老魔族たちは反射的に道を譲る。
誰も逆らえない。
これは命令でも相談でもない。
**“母の判断”**だ。
老魔族
「……お、お気をつけて……?」
背を向けたまま、ウーナは肩越しに答える。
ウーナ
「心配いらないよ」
一歩、また一歩。
ウーナ
「温かいうちに食べさせてやらないとねぇ」
その背中は小さい。
だが、誰よりも揺るがない。
――こうして。
剣も魔法も持たず、
世界情勢にも興味を示さず、
ただ鍋ひとつを抱えた老魔族が、
“魔王救出隊”の最後の一人として、
誰にも止められずに出発した。
目的はただ一つ。
ちゃんと、食べさせるために。




