第二十三話 老魔族ウーナの誤解(母性100%) scene1
ウーナは小さな包丁を動かす手を止めた。
まな板の上で刻まれていた薬草が、ふわりと香る。
魔界の片隅。
古く、静かな住居。
壁には乾燥させた薬草や保存食が吊るされ、長い時間が穏やかに積もっている。
そこへ、若い魔族が遠慮がちに声をかけた。
若い魔族
「ウーナ様……その……噂なんですが……
魔王様が、人間界で勇者と……」
言い終わる前に、ウーナはふっと息を吐いた。
ウーナ
「……あの子、また無理してるんじゃないだろうねぇ」
若い魔族
「え、あの……内容は――」
ウーナは首を振る。
ウーナ
「いいんだよ。
噂の中身なんて、どうせ尾ひれがついてる」
包丁を置き、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
年を重ねたその瞳には、長い年月で培われた“見通し”があった。
ウーナ
「大事なのはね……
“帰ってきていない”ってことさ」
若い魔族
「……」
ウーナは、遠くを見るように微笑む。
ウーナ
「戦いが終わっても、
あの子は休み方を知らないから……」
小さな頃からそうだった。
誰かが困っていれば前に出て、
誰かが怖がれば一人で抱え込み、
気づけば自分のことは後回し。
ウーナ
「魔王だなんて肩書き付けられても、
中身は相変わらず、不器用な子だよ」
若い魔族
「……危険、なんでしょうか?」
ウーナは少し考えてから、首を横に振る。
ウーナ
「危険かどうかは分からない。
でもね――放っておいていい状態じゃない」
立ち上がり、棚を開ける。
干した肉、保存の利く野菜、滋養のある根菜。
ウーナ
「ちゃんと食べてるのかい。
寒いところで寝てないかい。
無理して笑ってないかい……」
独り言のように呟きながら、鍋を取り出す。
若い魔族
「……ウーナ様?」
ウーナ
「決まってるだろ」
鍋を抱え、火にかける準備をしながら、きっぱり言った。
ウーナ
「迎えに行くんだよ。
怒るためじゃない。叱るためでもない」
少しだけ、優しく声を落とす。
ウーナ
「“大丈夫かい”って、聞きに行くんだ」
こうして――
噂の真偽も、世界の情勢もほぼ把握しないまま。
母性100%、心配100%、疑い0%の老魔族ウーナは、
鍋ごと人間界へ向かう準備を始めた。
その中身は、
魔王を救うための最強装備――
“食べて、休んで、ちゃんと生きなさい”の味だった。




